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美らピープルでいこうブログ > 美らピープル日記 > オバマ次期大統領の勝利演説に想う
オバマ次期大統領の勝利演説から、感じたことを。
まずは、こちらを是非。
1.演説の全文翻訳(gooニュース)
2.解説を含めた要旨(gooニュース)
3.オバマ公式サイトの演説動画(上記と同様)と英文テキスト
このオバマ氏の演説、見事だと思いました。
わたしは英語はあまりわかりませんが、心動かされる感覚がありました。
その想い、内容、構成、メッセージ性、印象性、そしてスピーチ自体の上手さ。
率直に、全て素晴らしいなぁと、思います。
この演説をどう思いますか?
オバマ氏の人生の全てを賭けた想い。彼の素晴らしい人間性から溢れ出る心の底から強い願い。それとも、そうではなく、戦略上の演出、本人は飾り物で名スピーチライターの功績、単なるパフォーマンス、国民を鼓舞するための絵空事。そのように受け止めることもできるでしょう。そして、それは必ずしも間違いではないのかもしれません。それを受け止める人が、そのように受け止めれば、それがその人の中で、真実なのです。
この演説から、人間性やあり方に触れようと見た時、表現力、構成力、演出力、カリスマ性などを学ぼうとして見た時、また、これがオバマ氏の真の願いなんだろうという視点で見た時、色々なことを感じ、学ぶことができました。
仮に、このスピーチが、絵空事や偽善、そして仕組まれたものだとしても、その仕組まれたものを、わたし達は、あえて学びや信じる気持ちで見るということを、自分の意志で選択することができます。そして、そのように受け止めた中で、学びや感動を得ることができます。
その学びや感動は、偽物でしょうか?
あの演説自体が、もし、国家的に仕組まれたものだとしたら、そのスピーチ自体は「偽物」と言われてもおかしくないでしょう。例え、あえて学びや信じる気持ちで見たとしても、その「演説そのもの」は、偽物と否定されるものだろうと思います。
しかし、仮にその「偽物」を、あえて学びや信じる気持ちで受け止めてみた時に、そこから自分の内側に生まれた「学び」や「感動」までも一緒に、偽物と否定する必要があるでしょうか。例え、演説そのものが偽物だとしても、そこから自らが、学んだこと、心動かされたこと、自分の内側から沸き起こったものまでを、否定する必要はないのです。学びや、豊かな感動の心を否定せず、自らの成長の糧にしましょう。自分にとってプラスになるものまで、否定することはないと思うのです。
世の中の成功者と呼ばれる人の生き方、メッセージ、様々な書籍、自分の周りの色々な人から学べること、感じれることは、わたしたちの日々の生活の中には、無限大のように存在しています。
完璧じゃない人、納得できない部分もある考え方、こういう部分に目を向けて、完璧じゃない人や出来ていない人の言葉だから受け止める必要はない、納得できない矛盾のある言葉だから学ぶ必要はないと、その全てを否定して、学びや感動の機会を捨てることはもったいないと思うのです。
絵空事のメッセージ、偽善のメッセージ、嫌いな人のメッセージの中にも、学びの種はあるのです。そのものが「偽物」だったとしても、学びの気持ちで受け止めてみて、自分の内側から溢れ出てきたものは、本物なのです。そのものごとが偽物だったとしても、自分の内側から沸き起こる感情まで、偽物にしてしまう必要はないのです。自分の素直な心で受け止めて、自分の素直な心が沸き起こした感情や想いは、真実であり、愛すべき自分の学びであり、自分の感情です。
自分にとって否定したくなるようなものからも、学ぶ謙虚さを持ちたい。もっとかっこよく言えば、そのようなものや人に対しても、愛の心で接したい。
とはいえ、そう捉えられない時も、多いですよ!
嫌いな人の言葉は受け入れたくない、そう思うことって、やっぱりたくさんあります。でも、そんな受け入れがたいものにも、愛の心で、学びの心で接して、学ばせてくれてありがとう、気づかせてくれてありがとう、嫌いなものも愛で受け止める練習の機会を与えてくれてありがとう。そう受け止められる自分でありたい。
否定する部分ばかりが目立つものの中にも、心豊かに捉えようとすること自体を否定せずに、少しでも捉えられるように取り組みたい、そう受け止められる自分のあり方を持ちたい、そう思う自分の心を大切にしたいんです。大切にしたいなという気持ちに従って、そうなれた自分を想像するとわくわくするんです。わくわくすることをしていく人生、いきいきと心豊かに歩む人生でありたいと思うんです。
でも、時には、どうしても憎らしく憎らしく、どうしようもない時には、バカヤローって叫ぶ大切さも、あるんだと思っています。
それも全部ひっくるめて、素直な心を大切に、できることをやる、始められることをしっかりとやっていこうと思います。その小さな一歩一歩を歩む自分を認めて、愛してあげながら、胸を張って歩き、そのプロセスの中で得られる大切なモノたちが、何にも代え難い宝物になっていくんだと思うんです。
Yes, we can.
わたしたちは、いつでも、心豊かな人生を歩みはじめることができるんだ。