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美らピープルでいこうブログ > 2009年8月の記事一覧
はいさい。美らピープル寺田直樹です。
みなさん、いつもありがとうございます。
手術のため、入院しました。
入院日記は、退院したら改めて。
入院初日。日中は、検温や血圧を計ったりするくらいで、意外と暇です。
が、パソコンができる時間はわずかなので、その隙に更新。
今、左手に点滴用の針をさされていて、手術までずっと入れっぱなしです。
これが、微妙にちくちく、軽くズキッとしたりして、明日までずっと刺している
ということに、唯一凹む。
やっぱり、モンゴルに旅に行ったこと、
何時間もギャロップで走りまくったのに初乗馬、
骨折したまま旅を続け、鞭を打ちながらの大草原を走り回ったこと、
そして、再び2カ所目の骨折をしたこと、
帰国するまで放置していた(っていうか、気づいていなかった)こと、
看護士さんも、驚くというか、不思議がるというか。
いいネタです。
この台風の中、旅の仲間が、さっそくお見舞いに来てくれた。
そして、ナイスなお見舞い。
そして、友達から、色々とメールをもらう。
ありがとう!
モンゴルの旅、プチ報告です。
旅立ちの朝、友達と会う。わざわざ、見送りにきてくれた。
世界を旅する大仏レポーターに任命されました。
大仏、現地のモンゴル人に大人気。

この大仏、我が家のホームパーティにも来たし、
近々、2カ国にも旅立っちゃうらしい。
これも、また旅を面白くしてくれた。
はいさい。美らピープル寺田直樹です。
いつも、ありがとうございます。
さて、色んなことが追いついていないですが、
ひとつひとつ、進んでいきます。
土曜日に、モンゴルに行く前から予定していた、
ホームパーティを開催しました。
モンゴルで骨折してしまったので、手料理を振る舞うってことに関しては、
ほとんどできなかったけれど、みんなが色々なものを持って来てくれたりして、
まったく問題なかった。
骨折したのに大丈夫〜、とみんなが言ってくれたけれど、
動かし方を間違えなければ、わりと平気だし、
なんだかんだ、みんなが自由かつ、適度に動いてくれて、
この丁度いい感じで、ホームパーティが進む。
あー、一度、食器棚からグラスを落としそうになって、
無意識に、折れている方の手を突き出して、
落ちないように押さえたら、グラスは無事だったけど、
死にそうな激痛が走ったっけ。無意識って、すごいね。
お酒も、食べ物も、美味しく、楽しい時間でした。
やっぱり、外で飲むより全然安いし、くつろげるし、気を使わないし、いいね。
なんと、集まった9人のうち、8人が、過去にモンゴルに旅に行ったことがある
メンバー。行ったことがない1人も、今年のモンゴルの旅に申し込んで
いて、キャンセルになっただけ。
元々、長良川の旅に行った仲間数人で会うだけのつもりが、
どんだけ、モンゴル好きが集まったんだ、というホームパーティだった。
本当は、昼間に、数名でプールに遊びに行こうと計画していたんだけれど、
骨折してしまい、急遽、予定変更。
僕が大好きな、三軒茶屋のラヂオ焼きのお店に行って、
ラヂオ焼きを食べる。あいかわらず、ラヂオ焼きのお姉さんの
言葉には、ハートに響くものがある。
骨折のことも、ちゃんとその意味を感じてくれていた。
ラヂオ焼きを手みやげに、地球探検隊のオフィスに顔を出して、
そこでとりあえず集合。土曜の昼間のオフィスは、意外と空いていた。
スタッフみんなが、僕の骨折を知っているので、心配してくれた。
オフィスで少しくつろいだり、遅いランチを食べながら話しをしたりで、
その後は、家に戻る。
そして、ホームパーティの参加メンバーが集まってきて、
ホームパーティ開始。
嬉しいのは、わざわざ、このために仕事を終えて、大阪から
駆けつけてくれた友達。そして、翌日の早朝のフライトで
大阪に戻って、そのまま仕事だという。
ダメ元で誘ってみたんだけど、なんとこのために、
そんな強行スケジュールで来てくれた。
誘ってくれたことが嬉しいと言ってくれているけど、
来てくれたことだって、こんなに嬉しいことはない。
今日のホームパーティメンバーは、それで集まったような感じかな。

若干、写真におかしいものが映っているが、気にしない。
世界共通で、もりあがるね、これ。
部屋で、食べて、飲んで、しゃべって、そして、来週が誕生日の
友達に対して、急遽、サプライズケーキを用意して、
三線でハッピーバースデーの歌を合唱。
何にも予定していなかったので、サプライズをすることすら
数名しか知らなかったのに、みんなそれを知っていたかのように、
ハッピーバースデーを合唱しながら、お祝いをする。
こういうところが、すごいんだよね。
夜も深まった頃、近所の公園で花火。
これだけの人数が集まると、とにかく楽しいね。
ブランコで遊んだり、靴飛ばしとかしちゃうし、
鉄棒に本気になったりするし。
数名がお泊まりをして、ホームパーティ終了。
さて、入院準備だ。
はいさい。美らピープル寺田直樹です。
みなさん、いつもありがとうございます。
モンゴルに一緒に旅した仲間から、写真をもらいました。
僕をずっと乗せて走ってくれた、愛馬です。

名前は、コスモ、流星、となり、最終的にロンゲとなりました。
見た目、そのまんまです。
愛嬌があって、「らしい」と思って、ロンゲが一番馴染んだので。
とにかく、たてがみが他の馬に比べて、ぶっちぎりでロンゲです。
自分の目を覆ってしまいます。
尻尾も塊のように長くて、地面を擦ってるんじゃないかってくらいロンゲです。
体格がよくて大きくって、でも臆病で、すぐ他の馬のお尻に寄り添って、
走らせようとしても、後ろの仲良し馬集団に戻ろうとしてしまう、
でも、一度、スピードに乗って走り出してくれると、
めちゃめちゃ力強い走りをする、ロンゲ。
ありがとう。
はいさい。美らピープル寺田直樹です。
みなさん、いつもありがとうございます。
旅から帰ってきて、かなりバタバタしています。
というのも、何人かの友人には、お礼メールなども兼ねて、
報告したのですが、色々とありまして。
旅の間で、2回、骨折しました。

写真は、乗馬初日の最後に、馬に手を踏まれて、
ウェットティッシュでふいて、すぐのもの。
確かに、この時点で、小指の爪の下がやばい感じだね。
この後、もっと真っ黒になって、手の甲も青あざになって、
指がパンパンになって、ズキズキしてくるんだけど。
まさか、折れてるなんてまったく思ってもいないので、
そのままウェットティッシュを指に巻いて、
サッカーやって遊んで、また馬に乗って、
キャンプ場まで帰ったなぁ。
とりあえず、マキロンを借りて、絆創膏巻いて。
次の日も、鞭をバンバン打ちながら、ギャロップしてたし。
あと、乗馬3日目に、ギャロップ中に、馬が、穴に足を取られ、馬ごと転倒。
この時も、すごい打撲なんだと思っていたら、実は鎖骨が折れていた。
たしかに、おもいっきり、肩から落ちたしね。
さすがに、馬の振動でやばい感じのズキズキするので、3日目の最後の
夕方の帰り道の乗馬はリタイアを、隊長と現地ガイドに相談した。
それで、ちょうど、昼のホルホグ料理の道具を取りにくる車を待つことにして、
みんなを見送って、原住民の人達と何時間か車を待って、
帰ったし、最終日の半日の乗馬も、苦渋の決断で乗らなかったんだけど、正解だった。
旅から帰ってきて、その日のうちに、整形外科にいって
レントゲンを撮ったら、両方とも、実は折れていたことがわかった。
ちょうど、旅に一緒にいった中村隊長が、僕が旅の仲間に
書いた掲示板のメッセージを、ブログに書いてくれていたので、
そっちを見てくれると、骨折への想いが伝わるかと思います。
3泊くらい入院しての手術が必要で、折れた部分に金具をいれて固定します。
鎖骨は、金具でがっつり留めて、数ヶ月そのままにしておくみたい。
指の骨は、ピンで留めるらしい。ピンは、指から突き出てる感じで留めておくって
いったけど、どういうことだ。想像すると、指からピョンって突き出てるのかな。
うーん、どうなんだ、そのイメージって。こっちは、約6週間らしい。
それでも、旅は、最高に大満足だったと思っています。
精神的には、ものすごく元気なので、僕の知人の皆さん、
あんまり心配しないでねー。
はいさい。美らピープル寺田直樹です。
みなさん、いつもありがとうございます。
今まで、地球探検隊の旅は2回、行っているけれど、
その2回共、旅の後、ブログにかなりしっかりと旅のことを書いてきた。
旅の前からそのつもりだったしね。
今回のモンゴルの旅は、まったくそのつもりがなかった。
というか、あえて考えなかった。
未来に何をしよう。そのために、モンゴルでは・・・っていうのは、手放した。
旅で意識していたのは、3つだけ。
・ただ、今を楽しむ
・考えずに感じたままに行動する
・地球に感謝する
そして、そういう旅をしてきた。

その上で、帰ってきたら、今、書きたくなった。
書きたくなったんだから、その気持ちに従って、書こうかな。
少し時間がかかると思いますが。
はいさい。美らピープル寺田直樹です。
モンゴルから、ただいま。
今日、モンゴルから帰ってきました。
旅の報告は、またこれからしていきたいと思いますが、
とにかく、最高の旅でした。
モンゴルの大自然、満天の星空、大草原を馬で疾走、本物の全力疾走ギャロップ、遊牧民との触れ合い、命の尊さ、人と自然との関わり、ひとつになっていく大好きな仲間、サプライズのお祝い、仲間の気遣い、想像を遥かに超えたアクシデント、現地のすごい日本人との出会い、ディスコではじけるエネルギー。もう、とにかく言葉では伝え切れないような、世界や時間でした。





今回、地球探検隊の旅で、
14人の仲間でモンゴルへ行ってきた。

まずは、旅の日程や、どんな旅だったかを、
時系列で簡単に箇条書きで、書いてみたいと思う。
かなり主観的なところもあり、
旅の経緯と感想が入り交じっているが、
だいたいの旅の流れが伝わればと思う。
08/19 モンゴル1日目
7時頃、友達が家の近くまで見送りに来る。大仏のかぶり物を授かる。
11時頃、成田空港で、同じ便の仲間と合流。
成田空港で軽くランチ&ビール。
旅の間に誕生日を向かえる仲間がいることを、隊長から聞く。
誕生日のサプライズをやろうと、密かにみんなに広める。
13時半の便で、モンゴルへフライト。
18時頃、チンギスハーン国際空港到着。
空港で、現地ガイドのサラと合流。
空港で、モンゴルで暮らすすごい日本人、松本創さんと会う。
バスでウランバートル市内の宿泊するホテルへ移動。
バスで移動を開始すると、いきなり虹を観る。
普通に、その辺に牛とか、羊がいる。
ウランバートルは信号が少ない。
車が走っているのに、平然と人が渡っている。運転も荒いし、怖いね。
ホテル横のコンビニ(?)で、キャンドル入手。サプライズ用。
ホテルにチェックイン。先にモンゴル入りしていた仲間と合流。
ホテルでドルからトゥグルグへ両替。
今日は、めでたい日らしく、ホテルで結婚式をしていた。
ちょっとだけ結婚式会場に、お邪魔をさせてもらう。
20時近いのに、外はまだ明るい。
ウランバートル市内のレストランで、ディナー。
ホテルに戻る。再び、松本創さんとその仲間が合流。
ホテル横のバーで、飲み始める。
隊長と松本創さんで、別の便で来る最後の1人を迎えにいく。
迎え組とすれ違いになってしまったが、0時過ぎ、最後のメンバー合流。
全員が揃って、元気なメンバーで2時くらいまで、部屋飲み。
松本さんの友達は、明日の新月に赤ちゃんが生まれる予定。
松本さんと仲間のモンゴルでの活動に色々と刺激を受ける。
就寝。
08/20 モンゴル2日目
ホテルでバイキングの朝食。味噌汁があったが、具なし。
ツーリストキャンプ場へ向けてバスで移動。
途中、スーパーで買い出し。さらに誕生日プレゼントを入手。
だんだんと、景色が変わっていく。
草原で降りて、みんなで記念写真。
ツーリストキャンプ場に到着。
不思議なバッタ発見。ジージー音を出しながら、ホバリングする。
ツーリストキャンプ場のレストランで昼食。
乗馬開始。
亀岩まで乗馬。亀岩の上で、大仏マスク登場。現地の子に人気。
亀岩から帰りの乗馬。
馬の走りが、少し、トロットからキャンターに変化したのを体験。
大きいけど、大人しい馬なので、あまり走らず。
キャンプ場近くの現地人のゲルの近くで、休憩。
この時、手を馬に踏まれ負傷。(帰国後に骨折と気づく)
男性陣、サッカー。女性陣、馬と撮影会。
乗馬しながら、新月のお祈り。
ツーリストキャンプ場に戻って、乗馬終了。
ツーリストキャンプ場のレストランで夕食。
同じゲルの仲間と、色々と語り合う。
シャワーから戻ると、新月の満天の星空。一生、忘れられない光景。
みんなを呼んで星空鑑賞。
ゲルでみんなで飲む。改めて自己紹介タイム。
就寝。
08/21 モンゴル3日目
朝、早起きしようと思ったが、起きれず。
指がパンパンで、ジンジン痛い。とりあえず、マキロン&絆創膏。
ツーリストキャンプ場のレストランで朝食。
レストランでお弁当をもらって、乗馬開始。
現地人のゲルで、馬乳酒、ミルク、チーズ、ヨーグルトなどを体験。
現地人のゲルで、馬の乳搾り、人を乗せる馬の訓練を見学。
昨日と同じ、亀岩まで、乗馬。
亀岩でトイレ休憩。鞭に使える固めの紐を拾う。後に、鞭が大活躍。
アリヤバル寺院まで乗馬。
アリヤバル寺院を観光。
隊長の腕にずっと蝶がとまっている。神秘的だ。
寺院下の草原の木陰でランチ。
行きとは違うルートでキャンプ場までの乗馬。
鞭が大活躍。ついに、ギャロップ。
レース風に疾走。鞭を振るいながら、みんなを抜かし、先頭に立つ。
先頭で疾走する、その景色、風、音、全てに感動。
気がついたら、鞭を握りしめすぎて、昨日怪我した指が血だらけ。
現地ガイドのサラと2人で、また走り出す。
HISのヘルメット乗馬軍団に、馬が近づきながら、疾走してしまう。
ゆっくり乗馬しているヘルメット軍団の真横をギャロップで駆抜ける。
ヘルメット軍団の前を、鞭を振り回し、チョーチョー叫び、走り去る。
後ろから見ていたみんなの目に焼き付く光景だったらしい。
隊長達の速い馬が、さらに、ものすごいスピードで俺とサラを抜き去る。
馬が加速して、追いかけ、ものすごいスピードのギャロップを経験。
風になるってこういうこと。涙が出る。これも忘れられない体感。
さらに、ギャロップで小河を駆け抜けて渡る、すごい経験もする。
キャンプ場に戻り、乗馬終了。もう、大満足。
ポストカードに、誕生日サプライズ用の寄せ書きをこっそり書く。
レストランで夕食。
獣医さんと看護士さんに手の怪我の手当をしてもらう。
獣医さんと看護士さんと、夢とかの話しをする。
今日も満天の星空。
ゲルで、部屋飲み開始。
23時55分に、ゲルを出て、みんなで星空を観に行く。
こっそりゲルに残ったメンバーで、誕生日サプライズの舞台準備。
0時過ぎ、みんながゲルに戻ってくる。
22日0時過ぎ、仲間のサプライズ誕生祝い。
08/22 モンゴル4日目
朝早く起きる。朝日を見ながら、キャンプ場の外でゴミ拾い。
また、鞭を拾う。怪我の手当をしてくれた仲間にプレゼント。
レストランで朝食。お弁当をもらって乗馬開始。
今日は、河原まで行き、そこでホルホグ料理を作る予定。
だんだんと、馬の癖とか性格がわかるようになってくる。
また、鞭を振りながら、ギャロップを楽しむ。
ギャロップ中に、馬が穴に足を取られ馬ごと転倒。
実は、これで鎖骨を骨折。(これも、帰国後に骨折と気づく)
大丈夫かと思い、馬に乗るが、だんだん痛くなる。
河原に到着。
羊の屠殺を観察。命の尊さ、大切さ、命をいただくことを、深く感じる。
羊のエメラルド色の瞳が忘れられない。
肩がすごく痛い。屠殺を見ながら、痛いって生きてる証しだと感じる。
ホルホグ料理作り。
河の水で肩を冷やしながら、肩を休ませるために、ひとり昼寝。
大地に寝そべっていると、自然の音が、五感を通じて、伝わってくる。
男性陣の多くは、冷たい河で泳いじゃっていた。
ホルホグ料理を食べる。まさに、命をいただくっていうこと。
肩の痛みがどうにも厳しく、ここで乗馬をリタイアすることを決断。
料理道具を持ち帰る車で帰らせてもらう相談をする。
愛用の鞭を、仲間に託す。
みんなが乗馬で帰るのを見送り、車を待つ。
1人残り、現地の子供たちと遊んだり、原住民の人と交流。
また、馬乳酒やチーズなどを振る舞われる。腹を壊さないだろうか不安。
1時間で車が来る予定が、3時間近く待つ。
日が傾きはじめ、ひとり遊牧民の世界にいる、今が不思議な時間。
車が到着して、キャンプ場へ戻る。
ちょうど同じ頃に、みんなも帰ってきた。そして夕食。
ウランバートルで出会った松本創さんが遊びにくる。
指も肩もかなり痛いので、飲み参加は諦め、明日のために、早めに寝る。
その後、一緒に乗馬ガイドの現地人も遊びにきたが、寝てしまっていた。
08/23 モンゴル5日目
朝早起き。遠くまでゴミ拾い。また、鞭を拾う。仲間にプレゼント。
肩の痛みが直らない。軽くジャンプするだけで痛い。乗馬は無理そう。
朝食。最後の乗馬も諦めて、残ることを決断して、伝える。
俺の馬がひとりぼっちかと思ったら、他の仲間が乗ることになった。
みんなの出発を見送る。
午前中、雲行きが怪しい。雨が降ったり止んだり。ゲルや周辺で過ごす。
途中から完全に晴れたので、キャンプ場の外を散歩。
草原に寝転がって、日記を書いたり、本を読んだり、寝たり。
14時頃には、みんなが帰ってきた。帰ってきたのが見えたので合流。
みんなはモンゴル相撲をしたらしい。2人負傷。1人は頭を怪我する。
共に過ごした馬や現地人を見送り、ウランバートルへ戻る準備を。
乗馬ガイドの1人が一緒にウランバートルに来ることに。
ウランバートルの初日に泊まったホテルに戻ってくる。
国営デパートでお土産を買う。モンゴリアチョコ、キャビア、雑貨。
夕食は、モンゴリアバーベキューのお店。パフォーマンスが面白い。
ホテルに戻り、現地ガイドのサラへのサプライズをみんなで仕込む。
早い便で帰る1人をみんなで見送る。
一緒にきた乗馬ガイドと、そして松本創さんとその仲間が合流。
タクシーで、全員でクラブへ向かう。
メーターなしで吹っかけられるが、そこそこ妥当な金額で決着。
ウランバートルのクラブは、バブル期の日本のディスコみたい。
とにかく、踊る。鎖骨が痛いけど、めっちゃ踊る。
全員で踊り出して、すごい楽しい時間を過ごす。
08/24 モンゴル6日目
白タクを捕まえ、夜中の3時くらいにクラブからホテルに戻る。
寝ずに、シャワーを浴びて、ロビー集合。
バスに乗り、チンギスハーン空港へ。バス中は、ほぼずっと爆睡。
現地ガイドのサラに、寄せ書きしたTシャツを贈る。泣いてくれた。
空港でのボディチェックが意外と厳しい。
飛行機が少し遅れるが、無事に出国。
成田空港に到着。みんなで一言ずつ感想を話して、解散。
バスで家に。途中、整形外科に寄って、レントゲンを撮る。
二カ所とも骨折と判明。手術が必要だと。でも、なんかO.K.だ。
家に帰宅。
空港に降り立ってすぐ、
モンゴルの草原の山々が出迎えてくれた。

チンギスハーン空港についたら、
ガラス越しに観えてきたのが、
緑の草原の小高い山並みだった。
草原の短い草の一面の絨毯。
いきなり、これに感動してしまった。
空港からウランバートル市街へ向かうバスに乗るとすぐ、
遠くの空に、うっすらと虹が観えた。
この虹の出迎えに、再び感動した。
バスの向きで、残念ながらカメラに写すことはできなかったが、
空港からの景色と、この虹は、
モンゴルの最高の出迎えだった。

雨が降り 大地が根付き 大気が澄む
虹の笑顔が 空に咲く
空港からウランバートル市街へ。
ウランバートルからテレルジの国立公園へ。
その道中で、たくさんの動物を見た。
ヤギ、羊、馬、牛。

当たり前に、道路の近くにたくさんいる。
当たり前に、放牧されている。
遠くの景色の中にポツンと見える動物は、
家畜なのだろうか、野生の存在なんだろうか。
バスの中から、景色を眺めながら、そんなことを思う。
バスから見える景色。
バスの窓の隙間から感じる土っぽさ。
窓を空けると、風と共に土の匂いがしてくる。
当たり前のように、
自然と共存している生活の世界が、
ここにはあった。
そして、それを、すごいとか、
特別な世界だと感じている自分がいる。
日常生活の中で、週末の朝のウォーキング、
散歩や公園、プチ旅行、色々と自然に触れることはたくさんある。
都会の夜空にも、オリオン座が観えることも知っている。
道路のアスファルトの隙間から、
たくましく咲くタンポポが存在するのも知っている。
自然が好きだし、自然と共にありたいと思って生活している。
そういう部分にできるだけ目を向けているつもりの自分もいる。
このギャップというか、違和感って、何だろう。
その答えが出たわけじゃないけど、
そんな風に感じることができたことに、きっと意味がある。

当たり前の 自然との共存って
どんな生き方で どんな世界なんだろう
宿泊する場所は、
テレルジ国立公園内のツーリストキャンプ場。
ゲルに泊まるが、比較的に広く整ったゲルで、
レストランやシャワー、トイレが完備されている。
まあ、シャワーはチョロチョロだったり、
水や熱湯に温度が変わりやすいけど、
それでも、充分な環境だと思う。



到着早々、大自然の生き物が僕らを迎えてくれた。
不思議なバッタがいる。
ジージーと羽音を出しながら、
空中でホバリングするバッタ。
たくさんいた。
最初、そのバッタが珍しかったが、いつしか、
それが当たり前のように感じていた。
設備の整った場所だが、
ツーリストキャンプ場の景色は、
やはり雄大な大自然だった。
キャンプ場は、小高い丘で傾斜になっている。
上の方から見下ろすと、遠くの山々と、
草原と、ゲルの景色が絶景。



キャンプ場の丘の上にある、高い岩山に登って撮影。
落ちたら確実に死んじゃうような高さだけど、
ぐるっと回って登れば、意外と登れちゃう。
そこからの眺めは、本当に気持ちよかった。
遠くを見れば、キャンプ場の先の草原と山々が
一面に広がる。
下を見下ろせば、
ゲルのところにいるみんなが小さく見える。
こちらを見つけて、手を振ってくれている。
そんなみんなとのちょっとしたやりとりも心地良い。
岩山の上は、風があり、風の匂いがする。
立ち上がり、両手を広げて、その空気を味わう。
岩に寝そべり、空を見上げる。
空と大地の距離が近い。
感動が薄くなることの中にある
当たり前になっていくことの その感動を感じていたい
馬に乗り、キャンプ場から離れていく。
数日間だが、いくつかのルートで、
数十キロという距離を乗馬した。
その景色を味わいながら、
馬のリズムに身を任せ、
ゆっくりと移動する。

視界に飛び込んでくるのは、
一面の草原、山々、湿地、小河、
舗装されていない道、様々な岩山。

外モンゴルは、
景色の変化が大きい。
色んな大自然の顔を見せてくれる。

耳を澄ませば、馬の蹄の足音や、
踏まれる草の音、風の音、みんなの声、
馬の鳴き声、自然の声が聴こえてくる。

大きく呼吸をすれば、
草木の匂い、馬の匂い、
土の匂い、太陽の匂いがする。

草原には草原の匂いと感覚が、
湿地風では、少し冷たい空気が、
河辺では、水と生い茂る草木の匂いが、
岩場では、乾いた空気が、
すべてに、それぞれのエネルギーがある。
日本でも、そういうところを
歩けば同じだろうけど、普段は気づかない。
大自然の中を乗馬しながら、感覚が変わっていく。
あるべき姿や感覚に戻っていっているのかもしれない。
自分の感覚が、
研ぎすまされ始めていることに気づく。
とても嬉しい気持ちになった。
大自然が 感覚を呼び覚ましてくれる
照りつける太陽も 深い青空も 大きな雲も
その匂いまでも 感じ取れているような感覚
乗馬の2日目。
ギャロップでたくさん走った。
チョーという掛け声と共に、鞭を振るう。
ギャロップ中に、さらに馬が加速するのを身体で感じる。
他の馬を抜かし、
先頭に立った瞬間に飛び込んできた景色が忘れられない。

視界に見えるのは、大自然の景色だけ。
そして、走る馬の足音。
顔を切る風の感覚。
鐙の上に立ち上がるように乗り、疾走する。
自分の足が馬と一体となって、
繋がっているように感じる。
今、自分がこのモンゴルの大地を駆抜けていて、
馬が大地を蹴り上げる感覚が、
ダイレクトに伝わってくる。
まさに、人馬一体。
自然を、まさに全身で感じた、瞬間だった。
同じ2日目のその後。
現地ガイドのサラと2頭で先頭を走っていた。
後ろから、3頭の馬が、走っていたギャロップのスピードを
遥かに超える速さで追い抜いていった。
鞭を振るうまでもなく、
俺の馬が、サラの馬と一緒に加速した。
そのトップスピードに入った時、世界が変わった。
景色が止まると言えばいいのだろうか。
時間が止まると言えばいいのだろうか。
実際は、すごいスピードだけど、
スローモーションのように、
視界に入る、草原が流れるのが
記憶に残っている。
大地を蹴り上げる振動が、
下から突き上げるように、伝わってくる。
全身が「おぉぉぉぉぉぉ」と震え出す。
地球とひとつになっている。
大地から、すごいエネルギーが伝わってくる。
上手く説明できない。
あの瞬間、確かに、世界が変わった。
人の領域じゃなくて、
自然の領域に入らせていただいたような感覚。
あの感覚は、後にも先にも、その時だけだった。
すごく長く感じたが、
おそらく10秒未満だったんだろう。
後になって言葉にしているが、
人馬地球一体の感覚だった。
ふと気づいたら、
目の前でトップを走っている仲間が
バランスを崩したり、
方向が曲がりそうになっていたり
していることに気づいた。
その瞬間には、自分もこのスピードは怖いかもという、
普通の感覚に戻っていた。
わたしの脚が 馬の脚になり 大地を蹴り上げる
地球のエネルギーが 直接流れ込む
乗馬3日目。
河原の手前で落馬。肩をかなり痛めた。
帰国してからわかったが、骨折していた。
河原では、羊を屠殺して、料理をするのだが、
鍋で煮ている1時間以上の時間があった。
肩の痛みが気になり、河原で遊ぶ男子や、
話しに花が咲いている女子を横目に、
ひとりになった。
河の冷たい水にハンカチを濡らす。
肩に濡れたハンカチをあて、
木陰の大地にそのまま寝転がる。
パーカーが汚れるとか、
ズボンが汚れるとか、
この頃には、もうそんなことは
まったく考えていなかったな。
馬の糞だけは避けたけど。
木陰の木漏れ日を感じながら、目を閉じる。

みんなの声が聴こえる。
料理をしている音が聴こえる。
河のせせらぎが聴こえる。
草木が揺れる音が聴こえる。
遠くから、他のキャンプをしている音が時折聴こえる。
現地人が、馬で河を渡り、荷物を移動したりする音が聴こえる。
寝て動かないでいると、
肩の痛みも気にならない。
河のせせらぎって、やっぱり、好きだな。
しかも、このモンゴルの自然の中で寝ている。
それだけで幸せ。
この感覚って、きっとなかなか味わえない。
途中、本気で寝ていたなぁ。
もちろん、怪我をしていなかったら、
今を楽しむ気持ちで、男性陣と共に、
率先して、冷たい河に飛び込んで、
はしゃいでいただろう。
それは、それで楽しかったんだろうけど。
今回の旅では、
俺の好きな河で自然に身を委ねる、
その心地良さを楽しめって、
言われていたんだと思う。
人の笑い声も 料理の音も 草木の揺らめきも
全てを乗せて 河のせせらぎが 聴こえてくる
ウランバートルの市街で、
まず一番感じたのは、
交通や渋滞に関してだった。
信号が少なく、車線は軽く無視気味に走っている。
結構なスピードで、車同士がすれすれで走る。
朝や夕方は、道路も渋滞するようだ。
このあたりは、タイなどのアジアや東南アジアの
発展しはじめている都市の交通事情と似ているかもしれない。
ツアーバスで移動していたけど、
この街で、車を運転するのは、
それなりに度胸がいるなぁと感じた。
そして、信号が少ないだけあってか、
そんな車が激しく走っている中を、
人々が平気で横断している。
旅仲間も、レストランへ行く途中、
キャーキャー言いながら、
道路を横断したっけ。

現地ガイドのサラ曰く、
1日に2〜3人は、横断中に車に敷かれて、
人が亡くなっているらしい。
それを、当たり前のようにしれっと話しているところに、
ウランバートルの交通事情と、
それが当たり前の日常化していることを感じた。
そして、ウランバートルと、
ウランバートルの周辺には、
多くの人々が移動して来て、
公害がだんだんとひどくなっている。
そんな話しも聞いた。
都市の発展と共に 生まれるものがある
光と影 その両方を抱きかかえて
ツアーバスで、ウランバートルから、
テレルジのツーリストキャンプ場へ移動。
ウランバートル市街を出ると、
だんだんとモンゴルの
大自然の景色が広がってきた。


山と草原。牛、馬、羊などが、至る所に見える。
ポツリポツリとゲルがあったり。
モンゴルの自然を感じる。
バスに揺られ、その景観を観ているだけで、
旅のわくわく感が湧いてくる。
道路の舗装も充分ではなく、
砂利道をくねくねとデコボコ道を
避けながら移動する運転にも、
まだ自然らしさが残る田舎道の
風情を感じる。
地球探検隊の隊長は、
3年ぶりの外モンゴルだと言っていた。
やはり、3年前にはなかったような、
派手な色をした建物が立ち並んでいたり、
風力発電所や、電波棟などがいくつもあったり、
やはり観光地化が、だんだんと進んでいるようだ。
今、僕が好きな沖縄がそうだが、
観光商業の発展により、観光地化が進むが、
それは同時に、環境破壊や景観の破壊に繋がり、
その魅力そのものが失われつつある。
国の発展や人々の生活向上など、
それはとても大切なことだし、日本も、他国も、
そうやって経済成長をして、生活が豊かになってきた。
ただ、同時に、自然や環境の破壊、人間関係の希薄化など、
物質面での豊かさと引き換えに、精神面での豊かさの欠如など、
様々な問題も生み出している。
ツーリストキャンプ場や、
乗馬の最中に、意外と携帯電話の
電波が入ることに驚いた。
生活する上で、とても便利なことだし、
ツアー中も現地ガイドと、
遊牧民の乗馬ガイドの連絡などでも、
役に立っていたので、
きっと、それはよいことなのだが、
やっぱりちょっと複雑な気持ちだった。

そして、ツーリストキャンプ場の
ビールなどの飲みものの値段も、
3年前より高くなっているらしい。
羊の屠殺のツアーオプションも
高くなっているようだし、
寺院への入場料も高くなっているようだ。
それだけ、観光として注目を
浴びてきているということだろうが、
金銭面というよりは、観光地化と、
観光としての自然の魅力の保持というバランスにおいて、
この先、どうなっていくんだろうなぁと、
そんなことを感じる一面も、色々とあった。
観光とは その土地の光を観ること
その光とは いったい何だろう
モンゴルの大自然の裏側として、
一番、印象深かったことは、
ゴミのことだった。
旅に行く前から、
大自然の中に、ペットボトルのゴミなどが、
意外と結構あるんだよ、
なんていう話しを聞いていた。
そして、それはその通りだった。
遠くの景色をみれば、全くと言っていいほど、わからない。
足元をみると、しばしば見かけるペットボトルやビンなどのゴミ。
朝、早起きをして、散歩がてら、ゴミ袋を片手にゴミ拾いをした。
それなのに、10時頃、乗馬をする時に、
すでにそこに転がっていた、ペットボトル。
そして、おそらく、それは、観光客ではなく、
現地の乗馬ガイドなどが捨てていったものではないかと思う。
そういうシーンがあった。

まず、ツーリストキャンプ場の朝は、
自然の中を散歩した。
ゴミの話しは聞いていたので、
ゴミ袋を持って、ゴミ拾いがてら、散歩をしていた。
実際、毎朝の散歩で、
毎回、ゴミ袋がほぼ満杯になった。

ゴミ袋が満杯になったから、
そろそろ散歩も引き上げようか、
という言葉の方が、正確かもしれない。
ツーリストキャンプ場の柵を越えた外側を、
散歩しながらゴミ拾いをしたが、
色々なゴミがたくさん、転がっていた。
ペットボトル、ビン、缶、煙草の吸い殻、
お菓子の袋、ティッシュのような紙。
できるだけ、毎日、違うところを歩いたけれど、
前日にゴミ拾いをした場所にも、
すでにペットボトルなどが、いくつか捨ててあった。
観光客もそうだろうが、現地の人も捨てている。
ただ、現地の彼らのモラルだけを、
単純に責められない。
彼らの生活に、もともとゴミ箱という
習慣はないだろうし、
毎週◯曜日にゴミを収集してくれるなんていうこともない。
もともと、彼らの文化の中で、不要なものと言えば、
枯れ木などと一緒に燃やしたり、
大地に帰すような、
ゴミしかなかったのだろう。
そこに、観光や発展と共に、
ペットボトル、ビン、缶、お菓子、
煙草などが、入り込んで来た。
彼らの生活習慣からすれば、
それは当たり前のように、
その辺に捨てるものだろう。
それをまざまざと感じたのは、
乗馬の3日目の夕方だった。
実はこの日、僕は、途中で落馬し、
肩を痛めた。(実は骨折していた)
なので、帰り道は、乗馬を諦め、
車の到着を待った。
その間、現地の子供たちと遊んだりした。
飛行機のおもちゃを持って来ていたので、
それですごく楽しく遊んだりしていたのだが、
そのおもちゃの紙袋(ゴミ)を、
まとめてバッグにいれようとした時だった。
子供が、その紙を僕の手から取り、
ビリビリと細かく破いて、
草と混ぜて、ひとまとめにして、
これでO.K.っていうような
頷きの笑顔を見せてくれた。
何も言えなかった。
彼らの生活、彼らの文化。
まして、モラルの低さでもない。
子供の純真な行動。
彼らには、なんの悪気もないし、
それが自然に帰るものであり、
当たり前のことをしているのだろう。
言葉で伝えられないのが、
ちょっと悔しかった。
何も言えないのが、
ちょっと悔しかった。
その紙を草木ごと、
持っていたビニール袋に入れて、
頷き、笑いながら、バッグに詰めた。
きっと、僕がなぜそうしたのかは、
その子には伝わっていない。
不思議がっていただろう。
でも、そうすることしかできなかった。
とにかく、笑顔でそうしよう、
ってくらいしかできなかった。
原住民の生活に、ゴミ収集車もないし、
街角のゴミステーションもない。
乗馬ガイドは、観光や僕らと接し、
煙草やペットボトルの水や、
瓶ビールなどに接する。
ゴミを捨てるな、とだけ責められない。
でも、伝えたいな。
ゴミが自然の中に増えることで、
モンゴルが持つ雄大な大自然という財産が、
その価値が薄れてしまっていくことを。
日本が、発展と共に、何年もかけて環境を破壊して、
取り戻すことができないようなことがたくさんあって、
同じ過ちを犯して欲しくない。
そして、それは、きっと原住民だけに強いることじゃなくて、
原住民、モンゴルという国、観光客を送り込む新興国、
ツアー会社、ぼくらひとりひとりが、
協力しあってやることだし、
そこにこそ、解決の糸口があるんだと思う。
諦めることは、いつだってできるんだから、
まずは、できる一歩だけでも、したい。
僕は、今、ブログに書いて、
そんなにアクセス数の多いサイトじゃないし、
少しの人にしか伝えられない。
モンゴルの旅の写真を持って、
友達と話しているが、そんなメンバーくらいにしか
話せていない。
今は、こういうことくらいしかできないけれど、
みんなの小さなひとつひとつのできることを繋いで、
少しでも大きな流れに繋げていけたらいいなと思う。
それが、全体からみたら小さなことかもしれないけど、
そういうことの積み重ねが、
またひとり、またひとりを動かす
機会になっていくのだから。
繋がる人と繋がって 繋がる想いと繋がって
また新しい流れが 小さくても 生まれて欲しい
今回のモンゴルの旅で、
ちょっと嬉しいなと思っていたことがある。
モンゴルにいる8月20日の日本時間で19:02、
その時間が新月だったことだ。
最近は、新月の日に願い事をしたり、
手帳に目標を書いたりということを、
できるだけ意識していた。
だから、モンゴルの大自然の中で、
新月を向かえるって、いいじゃんと思っていた。
乗馬中、時間を全く気にしていなかったし、
19時前後まで乗馬をしているので、
最後、ツーリストキャンプ場に戻る、
ゆっくりとした乗馬中に、
時間は、ざっくりと、だいたいそれぐらいの時間ってことで、
新月の願い事をした。

今回のモンゴルの旅は、
頭でこうしようとか考えないで、
旅に出ていたので、
新月の願い事も何を願うかなんて、
全く考えていなかった。
日本にいる大切なみんなのことにも、
想いを馳せ凧とも願おうっていうくらいだった。
結局は、皆が幸せでありますように、
ってことだけお願いした。
なんかそれでいいじゃん、
他に細かいことをお願いするのも、
なんだかなぁって感じだったんだよね。
ただ、大地と空が繋がっている感じが、
日本より遥かに強くて、
このモンゴルでの新月のパワーは、きっとすごい。
ただ 今が幸せでありますように
その幸せが 明日も続きますように
大草原だけではない、
モンゴルのもうひとつの大自然。
それは、夜空にあった。
8月20日に、テレルジのツーリストキャンプ場に到着。
今日は、新月の日である。
19日のウランバートルのホテルの外で見た、
星空も綺麗だと思ったけど、
この大自然の中の新月の星空が楽しみだった。
乗馬から帰って来て、キャンプ場のレストランで食事。
もう20時になるが、外はまだ明るい。
食事も終わり、20時くらいから、ゲルに集まって、
みんなで飲むことになった。
その間に、シャワーを浴びて、ゲルに戻ろうとすると、
ようやく、外が闇夜になっていた。
空を見上げたその瞬間、時間が止まった。
この宇宙に、こんなに星があったのかと言わんばかりの星空。
何千っていう星があるんじゃないかってくらい、
360度、どこを見渡しても、星。星。星。
キャンプ場の斜面の上の方の夜空から、
星明かりのモヤがはっきりと川のように流れている。
天の川って、本当に川のように宇宙を流れていた。
言葉が出ない。
ただ、呆然と見上げていた。
宇宙の中に吸い込まれる感覚。
星空の中に自分が存在している感覚。
この時の、新月の満天の星空は、
一生涯、忘れられない光景であり、
忘れられない瞬間だった。
少し意識が戻ったら、歩き出していた。
みんなを呼ばなきゃ!
そして、全員のゲルのドアをノックした。
「星空がヤバいことになってるよ!」
ゾロゾロと、みんながそれぞれのゲルから出て来た。
同じ部屋のりょうへいが、一番上のゲルの裏側に行こうと言った。
キャンプ場のライトから隠れた影になっている場所。
みんなでそこに移動した。
移動すると、さらに闇が深くなり、
星空が一段と輝いた。
そして、誰かが「流れ星!」と叫んだ。
一面を探したけど、僕には見つからないなぁと、
再び、天の川に目を向けようとした時、流れ星が観えた。
意識しなくなった瞬間に見えた流れ星。
この旅で、流れ星をたくさん観たけど、
最初のその流れ星が一番好きだった。
流れ星への願い事とか、関係なかった。
ただただ、みんなで、
新月の360度満天の星空を眺めていた。
この光景は、本当に一生、忘れない。
翌日も満天の星空だった。
天の川、カシオペア座、北斗七星、流れ星・・・
ちょっとみんなと離れて、
みんなが星空を見終わった後、
1人でずっと眺めていた。
何を考えるわけでもなく、
ただ、この満天の星空の宇宙の中に自分がいる。
それだけで、充分だ。
宇宙の偉大さ、エネルギー、星の輝き、
それは、理屈じゃなくて、
この圧倒的な満天の星空が、
全てを語ってくれていた。
仲間が一眼レフカメラで撮影してくれた。
写真にあれだけの感動は収められない。
ただ、無数の星の様子だけでも、伝われば嬉しい。
あの満天の星空の輝き。
いつまでも、心に焼き付いている。


満天の星空 そのひとつは地球
宇宙の中で ぼくらはひとつだ
今回の旅で、モンゴルの信仰や文化に
触れる機会がいくつかあった。
そのことにも触れておきたい。
乗馬2日目に訪問した、アリヤバル寺院。
ツーリストキャンプ場からは、
亀のような奇形をした亀岩を通り過ぎて、
その先の森を抜けた場所にある。


馬を下りてから、寺院までは、
上り道を歩いて、吊り橋を渡って、
最後に長い階段を登る。
意外と、距離があった。



アリヤバル寺院の中に入ると、空気が違った。
ひんやりしている。
強い日差しの中、昼食も食べずに
14時くらいまで乗馬し続け、
最後に、上り坂や階段を登り切った身体に、
その空気が染み渡った。
仏像を観たり見学した後、
その寺院内に、みんな座り込んだ。
何人か、横になった。僕も横になった。
仏像に足を向けなければよいかなと思ったが、
そもそも横になってはダメだった。
みんなで座りながら、話し込んだり、
現地の子供たちとじゃれ合ったりしていたが、
それもうるさい、騒いじゃダメと、怒られた。
観光地化されているとはいえ、
やはり神聖な寺院なのだ。


モンゴルの騎馬民族が、時代を謳歌していた頃、
寺院や仏像、そして、神様は、
彼らにとって、どういう存在だったのだろう。
それが知りたかったが、
それはよくわからなかった。
でも、今でも、こうやって大切に保存されているように、
人々の生活に根付いた神聖なものだったんだろうなと思う。

文化や宗教を学ぶこと
それもまた その世界に お邪魔させていただくこと
そこで暮らしている現地人のゲルで、
おもてなしを受けた。
乗馬ガイド、イギーたちの家族のゲルだ。
お母さんと思われる人が、
色々とごちそうを振る舞ってくれた。
まず、馬乳酒。
馬乳を発酵させた乳白色のお酒。
酸味がある。

これでお腹を壊す日本人も多いらしい。
どうしようかなと思ったけど、
そんなに量があったわけじゃないので、
えいやっと全部、飲んだ。
結構、みんな、飲み干していた。
次に、ヨーグルト。
味は、砂糖を入れていない、日本で食べるヨーグルトに似ていた。
ただ、なぜか、舌にピリピリくる。
みんな、そう感じている。
砂糖をもらったので、それを入れて食べた。
ピリピリするけど、味は、良かった。
唯一、心配なのは、お腹の調子。
手作りバターも出てきた。
これは、パンにつけて食べたら、抜群に美味しかった。
現地ガイドのサラに聞いたら、バターはわりと高級品らしい。
みんなで、美味しい、美味しいと、たくさん食べていた。
乾燥チーズに、出来たての生のチーズも出てきた。
乾燥チーズは、酸味があり、クセがある感じ。
もともと、チーズは苦手な方なので、これはダメだった。
残してしまった。
生のチーズは、真っ白なおからのような見た目。
味もクセが少なく、食べやすかったかな。
最後に、シンプルな馬のホットミルクをいただいたが、
これはすごく美味しかった。


ちなみに、ゲルに入ったら、
男性が左側、女性が右側に座るのが風習らしい。
そして、ゲルの入口の敷居を踏まないのも風習。
ゲルを出入りする時に、敷居でつまずいてはいけない。
幸せが逃げるからのようだ。
こういう風習や文化に触れるのも、嬉しい。
こういうのを詳しく学んでいくと、
もっと楽しくなるんだろうな。
今どきの日本人は、例えば、畳の縁は踏まない作法とか、
あんまり気にしてないような気がするけど、どうなのかな。
もうひとつ、体験してよかったのが、
足を踏んだり、足がぶつかったら、握手をするという風習。
足を踏んだり、ぶつかったりすると、後々にその人と
敵対関係になるという謂れがあるようだ。
だから、そうならないように、すぐに握手をするということらしい。
実は、最終日のウランバートルの夜中に、
ディスコに行ったのだが、そこで一緒に仲良く踊った
クラブ好きそうな阿部サダヲ似の
モンゴル人の男性に足を踏まれた。
まあ、一緒に踊っているんだから、
そういうこともあるだろう。
すぐに握手をしてきた。
何を言われたかわからないけど、
ごめんねとか、言われたんだろう。
ディスコで出会った若い男性にも、そんな風習が自然と
あったことに、ちょっと嬉しさを感じた。
人々の日常の中に根付く 信仰や文化
それこそ 本当のものではないだろうか
乗馬初日。
現地の乗馬ガイドの子供たちが、馬を連れてやってきた。
乗馬ガイドは、20代前半〜9歳くらいの若者や子供が数名。
20頭くらいの馬が並ぶ。
なかなか、見応えがある光景。
大きい馬、小さい馬、毛色もバラバラ、
たてがみも長かったり、短かったり。
鞍も、なんかバラバラだ。
乗馬ガイドの指示に従って、ひとりひとり呼ばれて、
馬に乗せられる。自分で馬を選ぶんじゃなくて、
乗馬ガイドの若者に任せる感じ。
ついに指さされて、こっちへこいと呼ばれた。
乗馬ガイドが連れていたその馬は、
毛並みは茶色でわりと大きな馬。
そして、そいつだけ、異様にたてがみがすごい長い馬だった。
この子が、パートナーとなった。


乗ってみると、がっしりしている。
でも、荒々しいという感じじゃない。
なんとなく、やや年齢が高めの馬かなと思った。
筋肉質な馬体だが、人間でいうところの、40代後半の
ムキムキな、どことなく、多少年齢を感じさせるような筋肉に感じた。
瞳はとっても優しく感じた。
乗った瞬間、ビビッときたとか、
そういう感覚があったわけじゃないけど、
よろしくなって、感じだった。
乗馬初日は、自分のパートナーになった馬の名前は、
意識していなかった。
初日の夜に満天の星空や流れ星を観たことで、
宇宙や星空をイメージが、たてがみが流れ星みたいかなと思って、
コスモとか流星って名前をつけてみたんだけど、
なんとなくピンとこなかった。
平成生まれの若者の旅仲間、しげ&ねっちから、
たてがみが長い雄馬だから、
「ギャル男だよ、こいつ」とか、言われていた。
それと、お尻の筋肉が、プリプリしてすごいと、評判だった。
途中、ふと、「ロンゲ」って名前がよぎった。
「ギャル男」は、ユルすぎ。
「ロンゲ」
かっこ良すぎず、憎めない感じ。
でも、弱くないし、なんかしっくりきちゃったんだよね。
だから、この子の名前は「ロンゲ」に決まった。
それは、乗馬2日目のこと。
キミと出会って よかった
ひとつになって 風になったよね
保育園時代に、ポニーに乗った記憶はある。
ただ、それだけ。
つまり、乗馬経験なし。
そして、現地の乗馬ガイドの男の子に促されるまま、
見よう見まねで、鐙に足を掛けて、馬に乗る。
後は、手綱を持っていろと、差し出された手綱を握る。

そのまま放置され、他の仲間が、全員、馬に乗るのを待つ。
とりあえず、馬に乗っちゃった。そんな感じ。
なんとなく、デジカメで撮影してみたり、
乗馬中の撮影感覚をチェック。

みんな、次から次へと、馬に乗せられるが、
歩かせ方とか、止まり方とか、手綱の握り方とか、
乗馬中の注意とか、そういうのは、一切なし。
「どうするのー?」とか、そんな声が聴こえる。
ほとんど、みんな乗馬経験がないし、あたり前の声だ。
隊長や、他の人がこうするんだよって説明したり、
それをそのまま他の仲間に伝えたり、
だいたい、そんな感じで、伝えられて行く。
まあ、ざっくりいうと、
「チョー」といえば走り出して、手綱を引けば止まる。
さらに手綱を引くと、バックする。
ってことぐらいかな。
片方に手綱を引くと、顔を横を向かせて向きを変えるとか、
歩きながら、草を食べさせないようにするとか、
全力疾走中に、手綱を引いたくらいじゃ止まらないことが多いとか、
まあ、色々あるんだけど、それは後々になって、わかったこと。
でも、なんかそのいい加減さや、
その光景が面白かった。
予定調和じゃなくって、
あるがままに気楽にいこうよって、
そんな感じがした。
なんか、自分が求めていた、あり方。
そんな感じで、基本的に説明も何もなく、
全員が馬に乗ったことを確認すると、
「さあ行きますよ。」という現地ガイドのサラの通訳で、
いよいよ、モンゴルでの乗馬が始まった。
ちなみに、最初、僕の馬はなかなか歩き出さなかった。
チョーと言っても、お腹を両足で蹴っても、
手綱を振ってみても、ダメ。
そんな馬が数頭いたが、
現地の9歳の子供に引張られて、ようやく動き出した。
それが、最初のスタートだった。

その後、すぐに引き綱じゃなく、独り立ちしたが、
やけに他の馬のお尻にぴったりくっつく感じの歩き方をする。
たてがみが長くて、目にかぶっているし、
うっとうしいのか、かゆいのか、
それを他の馬のお尻で、拭いているような仕草を
何度もしていた。
大きくて、体格もいいけど、臆病そうだなぁ。
筋肉質だけど、ちょっと年老いてるっぽいなぁ。
なんか、憎めない馬だなぁ。
走ってくれるかなぁ。
それが、乗りはじめた、ロンゲの最初の印象。
憎めない そう思ったキミへ
キミは どう思った
面白いもので、乗馬をしていると、
馬の性格や癖があるなというのが、
だんだんとわかってくる。
一頭だけでも、ちゃんと歩く馬もいれば、
他の馬と寄り添ったり、他の馬の後をついていったり、
群れたがる馬。
チョーというと、わりとすぐに走り出す馬。
なかなか反応せず、走り出さない馬。
すぐ、草を食べようとする馬、そうじゃない馬。
わりとよく鳴く馬。あまり鳴かない馬。
本当に色々だ。
僕の馬は、他の馬のお尻に顔を当てながら歩くのが好き。
比較的、仲のよい数頭で、よく寄り添いながら、歩いている。
他の馬の鳴き声に釣られて、鳴くことが時々ある。
子連れの母馬もいたが、僕の馬はその父馬で、
奥さんのお尻に、一番寄り添っていた。


他の馬が、走り出すとついていくけど、
単独では、なかなか走り出さない。
走り出しても、グルッと180度回って、
仲の良い群れに戻ろうとすることもよくあった。
たてがみが目にかかって、邪魔そう。
ハエを嫌って、よく顔を上下に振っている。
わりと、大人しくて、臆病だ。
らくだが近くにいると、かなり驚き、怖がる。
群れない馬は、ささっと避けて通り過ぎるが、
群れる馬は、一塊になって、進もうとしなくなる。
ロンゲも、その一頭。
このらくだの一件で、すごくはっきりわかった。
らくだをささっと避けて通りすぎる馬は、
一頭でしっかり歩く馬で、
見た目もたくましかったり、凛々しい感じがする。
常に先頭の方を歩いているし、走り出すと、
比較的すぐにギャロップで走リ出す。
そして、速い。
らくだを怖がって進めなかった馬は、
基本的に、群れたり、寄り添って歩いているような馬。
優しい感じの大人しさを感じる馬が多いかな。
なかなか、ギャロップで走り出さなかったり。
ずっと、馬と一緒にいると、
だんだんと、そんなことがわかるようになってくる。
初日でも、なんとなく、そんな感じが伝わってきて、
僕自身、乗馬も初めてだし、
まずはパートナーシップを築こうと思って、
比較的このロンゲの歩きたいリズムで歩くように、
身を任せて乗馬をした。
だから、初日は、馬の走りも、
ウォーク(常足)からトロット(速足)になることはあっても、
タタタンッ、タタタンッ、タタタンッと走る、
キャンター(駆足)は一瞬しか経験できなかった。
初日は、そのさらに上の段階のギャロップ(襲足)を
体験できなかった。
乗馬初日は、比較的、のんびりとした感じの乗馬だった。
わかるほど 愛おしくなる
良い部分も 悪い部分も 全部でキミだから
馬の走り方には、大きく4段階あることを体験して学んだ。
それを書いておこう。
ウォーク (常足)
トロット (速足/軽速足)
キャンター(駆足)
ギャロップ(襲足)

ウォーク(常足)は、
通常、馬が歩いている、ゆっくりとした歩き方。
トロット(速足)は、
1.2.1.2のリズムで、少し速く歩く感じ。
お尻が、トンットンッと上下に動くので、
リズムに乗れないと、お尻が痛くなるのは、
このトロットの時の衝撃が大きいんじゃないかな。
前の馬と距離ができたり、少し下りを歩く時なんかも、速足になる。
速足で普通に移動したりと、わりと頻繁に速足になる。
トロット(軽速足)の方は、
速足の次の段階で、軽速足というリズム。
トロットには、速足と軽速足の2種類がある。
この速足から軽速足へのリズムの変化は、わかりやすい。
お尻が上下に動くのが、かなり上下に跳ねるように、
お尻が揺れるように変化する。
馬の動きの一歩おきに立ち上がる様にして乗ると、
意外とリズムも取りやすい。
だけど、最初のうちは、リズムが取れなくて、
自分が跳ねて、鞍から飛び出しそうで、一番怖かったかな。
キャンター(駆足)は、
タタタンッ、タタタンッ、タタタンッというリズムで、
いわゆる、馬が駆け足で走っている状態。
トロット(軽速足)から、急に上下の揺れがなくなる感覚で、
ふわっと走り出す気持ちよい瞬間。
最初、これがギャロップ(襲歩)かと思った。
でも、それぐらい気持ちよかったな。
ギャロップ(襲歩)は、
まさに競馬のように走る走り方。
キャンターも駆け足で走っているが、そこからさらに、
首を前にぐんと伸ばして飛ぶように走る走り方。
乗馬2日目は、キャンターの走りもたくさんしていたが、
鞭を打って、さらに加速すると、ギャロップになる。
走りの勢いも、風の感じ方も変わって、
本物のギャロップの走りは、本当に最高だった。
ギャロップで 大草原を走る
夢は 叶えるために 存在している
乗馬初日は、馬の性格に身を任せ、
わりとのんびりとした乗馬をしていた。
だから、馬の走りも、
キャンターが一瞬あったくらいで、
ギャロップまでいかなかった。
当然、鞭など持っていないので、
手の平でお尻を叩いた。
だれかがやっているのを真似た。
そうすると、トロットになったり、
反応してくれたので、
鞭が欲しいなぁと思っていた。
乗馬2日目。
馬の性格もわかり始めてきたので、
今度は、馬に乗る者として、
ロンゲに信頼されるような騎手であろうと思った。
走りたいと思ったし、そうであれば、
そういうパートナーシップでありたいと思った。
だから、ただ自由に馬の歩かせたいように
まかせるのじゃなくて、
ちゃんと指示を出して、歩かせる時は、強めに引張ったり、
違う方向へ行きそうな時は、手綱を引いて止めたり、
そんなふうに、乗馬をやりだした。
走らせる指示を出すのに、
お尻を叩くのが効果的なことはわかっていたが、
乗馬初日の最後に小指と薬指を怪我して、
(※小指は骨折していた)
手のひらで馬のお尻を叩くのはかなり痛く、
他の仲間を真似て、枝を鞭代わりにしようとしたが、
枝で馬のお尻を叩くのも、意外と反動が返ってきて、痛かった。
お尻を叩けない。
それが、悩ましかった。
しかし、この後、この問題を一気に解決して、
ロンゲの走りが変わる、
大きなターニングポイントがあった。
お昼過ぎに、トイレ休憩で馬から下りた
亀岩(初日にもきた場所)で、
固い帯のような紐を拾ったのだ。
鞭のように振ってみると、固い紐がしなって、
ビタンッといい音を出してくれる。
枝でペチペチと鞭打つより、
この紐をブンブン振り回しながら、紐をしならせ振り抜く感じで、
ビシビシと鞭打つ方が、効果も、気持ちも、段違いに良かった。
そして、何より、3本の指でしっかり握れ、
力強く、鞭を振ることができる。
鞭を打っても、小指や薬指への反動もほとんどなかった。
今の自分のためにあるような、
最高の鞭を手に入れたのだった。

アリヤバル寺院までは、森を抜けるので、
馬を駈けさせることは、ほとんどなかったが、
アリヤバル寺院から、ツーリストキャンプ場へ帰る道は、
行きとは別ルートの草原が多い道で、
森を抜けた後は、何度もギャロップをすることになった。
天からの授かり物
必要なものが 必要なタイミングで 訪れる
乗馬2日目の、アリヤバル寺院からの帰り道。
最高の鞭を手に入れた、その走りは、最高のものとなった。

今回、速い馬が2頭いる。そして、乗る2人も上手い。
隊長が乗っている暴れ馬(途中から乗り替え)と、
ワッキーが乗っている、賢くて、たくましい馬だ。
ワッキーの馬は、実は乗馬3日目に、鎖骨を骨折後、
1人だけ先に河を渡るのに、乗せてもらったが、
賢くて、しっかりしていて、力強かった。

そして、平成生まれのしげ&ねっちも、
若々しさとエネルギーに溢れ、
何度もお尻を叩き、よく駆け出していた。
さらに、そんなみんなを走り出すように、
クールな「チョー」の掛け声で、
絶妙に仕掛ける、しかさん。

そして、美人で優しい女性の現地ガイドのサラも、
結構、みんなと一緒によく走る。まんざらじゃないみたいだ。
鞭がなかったら、空になったペットボトルで、鞭打ってたし。
初日に、ほとんど走れなかった俺も、
神様からの贈り物である、骨折した指でも、
思う存分に振るえる最高の鞭を、手に入れたこともあり、
走りたい気持ちでウズウズして、やるき満々だった。

そんなメンバーが揃ったものだから、
すぐレースみたいになる帰り道だった。
そして、馬に信頼される騎手として
馬上にいようと思ったので、
アリヤバル寺院からの帰り道は、
ビシッと鞭を打ち、先頭集団を歩いていることが多かった。
不思議なもので、そんな風に乗っていたら、
初日や今日の行きの道での歩き方のように、
すぐに仲良し集団の他の馬のお尻について歩くのではなく、
比較的一頭だけでちゃんと歩いて、
先頭の方を歩いてくれていた。
アリヤバル寺院からの帰り道の森を抜け、
広い草原へ出た。
しげ&ねっちの2人が、
チョッ、チョッ、っと声を出し、仕掛けた。
俺も、それに合わせるように、鞭を一発入れて、一緒に走り出す。
するとグイグイと走り出し始めた。
しげ&ねっちは、チョーチョーいいながら、さらに加速する。
後ろを振り返ると、他の馬はついてこない。
集団と離れていくが、乗馬ガイドの現地人から、
「ストップ!」とか「ゆっくり〜」の声が掛からない。
これって、つまり、走っていいってことだよね。
そして、俺にスイッチが入った。
鞭を振り上げ、そのまま鞭を1発、2発と入れ、
チョーーー!!!と叫んだ。
一気にキャンター、そしてギャロップに変わり、
2頭の馬を追いかける。
レースが始まった。
今まで走れなかった分も爆発するように、
チョーーー!!チョーーー!!、
叫びながら、鞭を振り回す。
ちなみに、鞭を振り上げ、振り回すということは、
隊長から教わった。
馬に、鞭を打つぞ、打つぞ、とちらつかせて、
鞭を打たなくても、加速させるためだ。
初めてのギャロップ。
だが、不思議と怖い気持ちはなかった。
一言で言うと、テンション上がりまくってる感じ。
そして、大きく鞭を入れると、
ギャロップが、一段、一段、加速していく。
まさに、最高の鞭だ。
今まで、骨折した指が痛くて、鞭を打てなかったとは
思えないほど、鞭を振るう。
ついに、前の2頭を抜かし、先頭に立った。
風を切って先頭を走っている。
目の前の少し坂になっている部分を、
そのまま一気に駆け上ると、
開いた視界には、大自然だけが存在していた。

見えるのは、どこまでも広がる大草原。
聴こえるのは、競って走る馬の足音。
感じるのは、顔を切る風。
その中で、鐙の上に立ち、鞭を振り回し、チョーーー!!!と叫ぶ。
鞭を振り下ろし、ロンゲとひとつになり、大自然を大疾走で駆抜ける。
それは、本当に最高の瞬間だった。
さらに坂を上り、後ろを振り返ると、後ろの集団が小さく見え、
遠くにいる後ろの集団が、違う道に進んでいた。
あれ、間違えたのかなと思い、手綱を引いてスピードを緩める。
二股に別れて、また先で合流できる道を
違う方に入っていたようで、また先で合流するのが
わかったので、そのままゆっくりと進み出した。
ロンゲが、ブルブルと喉を鳴らせ、息を切らしている。
ヒヒーンと鳴き、後ろの集団の馬と合流したがっているのを感じた。
そんなロンゲが、俺の気持ちに応えてくれたかのように、
大疾走をしてくれたのだ。
すごく、嬉しかった。
気持ちが通じた、と思った。
ロンゲがさらに愛おしくなった。
なかなか走ってくれない、
奥さんのお尻にぴったりくっつく
馬だなぁと思っていたけど、それも含めて、
この力強い走りも含めて、さらに大好きになった。

気持ちに 気持ちが 応える
ひとつになるって 気持ちから始まる
レースでの大疾走に感動した後は、
道も細くなったり、砂利道になったりしたので、
少しのんびりと乗馬をしていた。
たくさん走ってくれた、
ロンゲも休ませたかったので、ちょうどよかった。
数十分後、再び、道路沿いの広い草原に出た。
集団の左端の方を歩いていた、現地ガイドのサラが
「チョッ、チョッ」と掛け声を掛け、トロットで駆け出す。
サラの近くにいたので、ロンゲに鞭を軽く一発入れて、
サラの馬についていく。
サラの馬の走りが、トロットからキャンターに変わった。
それについていく、俺とロンゲ。
また、集団から少し抜け出す感じで、2頭で前に出た。
また、「走るタイミングが来た!」と感じた。
味をしめてしまった俺は、
サラの馬を追走するロンゲに鞭を入れ、
「チョーー!」と掛け声を掛けると、
走りがギャロップに変わり、サラの馬を追いかける。
サラの走りもギャロップに変わり、
2頭で一気に走り出した。
その時、左前方数十メートルのところに、
乗馬をしている他のツアー団体がいた。

↑
乗馬前、午前中のキャンプ場で目撃した、そのツアー団体の一部。
別の日本人ツアー団体だ。
ヘルメットをかぶって、膝サポーターをして、
一列に並んで、常歩でゆっくりと乗馬している。
ほとんどのツアーの乗馬は、安全のため、
そういう乗り方をしているツアーのようだ。
だけど、求めているのは、そんな旅じゃない。
そんな大草原での乗馬じゃない。
チョーチョー言いながら、鞭を振って、
大自然の中を、ギャロップで疾走する。
風になって、人馬一体になって、地球を駆抜ける。
俺がしたいのは、そんな旅だ!
そして、今がまさにその時。
テンションがさらにあがり、
そんなツアー団体を横目に、
ギャロップで走り去ろうと思った瞬間、
ロンゲの軌道が変わった。
サラの馬が、まっすぐ走っているのに対して、
ロンゲが、ツアー団体の馬群に、
どんどん近づくように左斜めに走り出す。
もともと、他の馬と一緒に走りたがるロンゲ。
手綱の右側を引いて、軌道修正しようとするが、
ロンゲは、左斜め、ツアー集団に近づくように走っていく。
「やばいっ。そっちへ行くな。」
そう思ったが、手綱では、軌道修正できなかった。
掛け声を止め、鞭を振らずに、ロンゲの挙動に集中した。
その時、感覚的に大丈夫だと思った。
ロンゲは、混乱して、馬群に突っ込もうとしているのではなく、
馬群の近くに行きたいだけなのが、感じ取れた。
実際、ツアー集団にかなり近づいてしまったが、
真横をしっかりと走り抜けるロンゲ。
ツアー集団の先頭の馬も抜き去り、
右前方には、まっすぐギャロップして走るサラの馬。
後ろをチラッと振り返ると、ツアー集団の馬も暴れたり、
列を乱したりしていないことが確認できた。
「よし、後ろも大丈夫だ!」
そして、
「サラに追いつく!」
そして、鞭を2度、3度と振り回し、
馬に走るぞ、走るぞとサインを送り、
「チョォォーーー!!!」という掛け声と共に、
二発、三発と鞭を入れ、サラの馬を追いかける。
危機を脱し、視界が開け、
サラの馬を追走して、2頭でギャロップ。
これもまた、気持ちのよい思い出だった。

ただ、その一部始終を、
後ろから全て見ていた、他のメンバーには、
忘れられない光景だったようだ。
「ヘルメット軍団の目の前を、チョーチョー叫びながら、
走り去るてらっちの姿は一生忘れられない。」
と、旅の後でも言われる。
確かに、まず、いないだろう。
安全のためにヘルメットやサポーターをして、
一列に並んでゆっくり乗馬しているツアー団体に突っ込んでいき、
真横をギャロップで抜き去って、
その目の前で、骨折した指から血を滲ませながら、
鞭をぶん回して、鞭を入れ、
チョーチョー叫び、走り去っていく奴。
ツアーの馬達が驚いたり、
釣られて走り出したりする可能性があるから、
もちろん、やっちゃだめ!
当然、そんなつもりは何一つなかったし、
あの状況で、一番回避できるように乗馬して、
遠ざかったつもりだったんだけど、
その一部始終は、忘れられない光景に見えたのだろう。
後で、
「あのピンク野郎だ!ってツアー団体の人達に言われるよ。」とか、
「あの無茶な軍団が、地球探検隊ってやつらだ、って噂が広まる。」とか、
「地球探検隊。日本人ツアー団体を襲う!ってニュースになる。」とか、
まあ、笑い話なんだけど、色んな妄想のネタになってしまった。
その団体とは、ツーリストキャンプ場が一緒だったようで、
現地ガイドのサラが、その団体のガイドとも話しをしていた。
後から、サラに聞いた話しだが、別に怒ったりはしていなくて、
トラブルもなくて、「すごいですねー」って感じだったらしい。
その団体のツアーガイドからしてみれば、
「あぶねーだろ、近づくんじゃねぇ、あのピンクのパーカー野郎め。」
って思われても、おかしくなかったんだよね。
笑い話でもあり、危なかった話しでもある。
そして、忘れられない思い出でもある。
でも、もし、そのツアー団体の人達にとって、
ちょっとでも、あんな風に、大草原を走りたい、
なんて気持ちが芽生えてくれたのなら、
嬉しいんだけど、どうだったんだろう。

↑
ツアー団体を襲撃するピンク野郎と仲間たち、作戦会議中(嘘です)
夢も追いかけ 足元もみよう
自分を見つめ 相手にも寄り添おう
ツアー団体を抜き去ったピンク野郎と現地ガイドのサラは、
2頭で、さらにギャロップを続けた。
すると、後ろから、
数頭の馬の足音が近づいてくる。
明らかに、速い走りの足音だ。
競馬でいうと、最終コーナーを曲がって、
最後の加速で、全力で後ろから差してくる足音のようだ。
隊長、ワッキー、しげの3頭が、
ギャロップで走っている俺とサラを、
ものすごいスピードで抜かしていった。
「うおー、速えぇー」
と思うか思わないかの瞬間、ロンゲが、グンッと加速した。
身体が、グッと後ろに持っていかれそうになる。
抜き去った3頭を追走し出す、ロンゲとサラの馬。
それは、想像を超える、経験したことがないスピードだった。
びっくりするぐらい速いスピードで抜かされたと思った、
そのスピードで、走っている。
正直、この時だけは、鞭を入れる余裕はまったくなかった。
負傷している右手で手綱をギュッと握るのは辛いのだが、
そんなことを考える余裕もなく、両手でギュッと手綱を握って、
大疾走をしていた。
大地を蹴り上げる振動が、突き上げるように感じられ、
油断をしていると、身体を後ろに持っていかれそうになる。
エネルギーが爆発しているような、ギャロップ。
想像を超える、本気の全力疾走ギャロップを体験した。

この旅で、これだけの全力疾走ギャロップを体験したのは、
後にも先にも、この時だけだったが、
また、この走りをしたいと思った。
この時は、余裕がなかった。
自分が走らせているという感覚ではなく、
ロンゲが自ら走っている馬上に乗っていた、
という感覚だったからだ。
この全力疾走ギャロップの肌感覚も、
忘れられない思い出だ。
大地と馬のエネルギーが 躍動する
その全てが 全身を駆け巡る
初日と2日目の前半は、
ほとんど馬を走らせることができなかったのが、
2日目の午後に、最高の鞭を手に入れた後、
まったく走りが変わった。
大自然をギャロップで駆抜けているし、
レースで、他の馬を抜き去り、先頭を走るし、
ヘルメット軍団をギャロップで抜き去るし、
本気の全力疾走ギャロップも体験した。
人馬一体、地球を走っている、地球と繋がっている、
そんな感覚まで体験した。
これ以上ないっていうくらいの乗馬体験だった。

こんなすごい体験をしているなんて、という大満足で、
ツーリストキャンプ場の近くまで戻ってきていたが、
クライマックスのギャロップが、最後の最後に待っていた。
最後、走り足りないのか、他の仲間が、
チョッチョッっと言いながら、走り出す。
もはや、当たり前のように、周りのみんなも走り出す。
最後の最後で、またギャロップ大会が始まった。
俺も、ロンゲに一鞭入れる。
今度は、多い。7人がギャロップで走っている。
先頭の4頭が、綺麗に横並びに走っている。
その後ろに、隊長ともうひとりの馬が走り、
その後ろを、俺のロンゲが走っている。
さすがに少しばてたのか、ギャロップとはいえ、
前の馬を抜かすほどの加速はない。
目の前に、今朝、おもてなしを受けた、
乗馬ガイドの子たちのゲルが見えた。
ゴールが近い。とすると、その手前には、
ちょっと下って登る小河がある。
だけど、先頭の4頭は、止まらない。
その中には、現地ガイドのサラもいる。
俺たちも4頭のすぐ後ろに続く。
「えっ、行くの。やばいよ。」
なんて声も聴こえる。
隊長も想定していなかった、
ギャロップでの小河越え。
だが、現地ガイドのサラも止めようとしない。
っていうか、行く気満々な感じ。
みんなも、テンションがあがってるのか、
先頭の4頭が綺麗に横並びになって、
ギャロップを続ける。
一瞬、迷った。
「えっ、行くの?行くの?大丈夫?」
でも、ガイドのサラが止まらないんだから、
「えっ、えっ、えーーい、行っちゃえーーー!」
ギャロップのまま、目の前の4頭が、
小さな丘を駆け下り、小河を越える。
真後ろに隊長ともう一頭の馬が続く。
その後ろに俺とロンゲ。
4頭の後ろで、隊長の顔に水が飛び跳ねる。
そして、隊長の馬の蹄から飛び跳ねる、
河の水が、俺の顔に掛かる。
そして、まさかの、
怒濤の7人集団でのギャロップでの小河越え。
ゲルの前で立ち止まり、みんなで一斉に話し出す。
「すげー。」「やばいよ。」「ありえねーよ。」
「みんな、止まらねーんだもん。」
なんて、みんなで笑いながら、感動している。

そういえば、隊長も、外モンゴルでこんなに走るメンバーは
見たことがないって言っていた。
とにかく、この旅のメンバーは、たくさん走ったし、
俺とロンゲは、この2日目の走りが、
本当に、ありえないほどの、ギャロップ体験だった。
できる やる そう決断すること
そこから 全てが始まる
乗馬3日目のお昼は、
河原でホルホグ料理を作り、それを食べるプランだ。
ホルホグ料理は、羊肉を、野菜、塩、香辛料と一緒に、
大きな缶に入れ、さらに焼けた石とを交互に詰めて石焼きにする料理。
そして、その羊肉を用意するために、
その場で、生きた羊を屠殺するのです。

乗馬で河原まで辿り着いた。
河の中央に島のようになっている河原がある。
馬で、そこまで渡るのだ。
現地の乗馬ガイドの指示に従って、
馬で河に入る。
水を飲みたがる馬を制しながら、河を渡っていく。
そこそこの深さがあり、鐙に掛けている足を
前に突っ張るようにしないと、河に入って濡れてしまう。
河の流れを横切って、
ようやく河の中央の島に辿りついた。
なかなか、しんどかった。
というのも、この河原に到着する15分くらい前に
落馬をして、その時、右の鎖骨を骨折していたのだ。
ギャロップで疾走している時に、
野うさぎかなにかの素穴に、ロンゲの足が取られて、馬ごと転倒。
その時、俺は右肩から地面に叩き付けられて、鎖骨を骨折した。
落ちてすぐ、立ち上がり、肩を回してみたら、回ったので、
折れていないと思っていた。
すぐに、乗馬を続けたが、だんだんと肩が痛くなり、
馬の振動だけで、かなり苦しくなって、
痛みが増していった。
10分程度で河原に到着したのでよかったが、
最後の河渡りは、なかなか冷や汗ものだった。
そういえば、1人、河の流れに負けて、
馬ごと流されそうになっていた仲間がいた。
でも、乗馬ガイドがすぐに助けに行って、無事に小河を渡る。
この時の乗馬ガイドのかっこいい姿といったら、なかったな。
河の中の島に到着すると、また、一頭の馬がやって来た。
馬上には、現地人と一緒に羊が乗っていた。

そう。
今から、ホルホグ料理のために、この羊を屠殺するのだ。
目を背けずに そのありのままを見よう
そこにある真実に 心を傾けよう
※このページには、羊の屠殺写真もあります。
つまり、羊の解剖写真を、見たくない人は、次のページへ
俺たちがいる河の中州へ、一頭の羊が運ばれてきた。
今から、ホルホグ料理のために、屠殺される。
羊は馬から降ろされ、小さなナイフを片手に持っている
現地のお父さんのところに、運ばれる。
今から、羊を屠殺するのだ。
羊を仰向けに寝かせ、足を押さえる。
お父さんが、羊のお腹に、ナイフを入れる。
15センチほど、開いただろうか。
羊は、暴れない。


お父さんは、片手をその切り口に突っ込み、
羊の喉近くまで、手を入れていく。
羊はほとんど暴れないが、目が大きく見開いていた。
数秒後、おそらく動脈かなにかを、手でちぎったのだろう。
お父さんは、手を抜いた。
羊は、少しだけ足を動かし、口から少しだけ
空気が漏れるような音を出す。
お父さんが、羊の口を押さえる。
だんだんと、羊は動かなくなり、
目の黒目が消えていき、その命の炎が消えた。

なぜ、羊は暴れないのだろう。
自分の運命を知っているのか。
少しだけ、そんなことを聞いていたが、実際にそうだった。
命が消える瞬間。
我々が、生きるために、食べるために、
そのための命が消える瞬間だった。
命をいただく、というのは、こういうことだ。
さらに、作業は進む。
皮を綺麗に剥がしていく。
そして、大地に羊の皮を広げる。
これは、羊の血が大地に落ちないようにということらしい。

内臓を取り出し、血をすくい出していく。
内臓や血が出て来たら、ハエがたくさん寄ってきた。
馬糞を燃やし、その煙で追い払いながら、
作業を続けていった。



今回は、ホルホグ料理で肉の部分だけを調理するが、
実際は、内臓も利用されるし、血も腸詰めのソーセージになるのだ。
肉も、食べやすいサイズにして、完全にさばいていった。

もうひとつ、忘れられない映像がある。
そして、忘れられない感覚がある。
屠殺された羊の目だ。
当然、生きていた時の黒目に、黄色がかった瞳は、
その光を失っていた。
その目は、宝石やビー玉のようであり、
エメラルドグリーンの色をしているのだ。
思わず、座り込んで、覗き込んでしまう。
吸い込まれそうな、神秘的なエメラルドグリーン。
その表現がしっくりくる。
もちろん、死んでしまっているのだが、
そのエメラルドグリーンの目は、
人の心を映し出して、見透かされているようだった。

俺は、羊の肉をさばいている作業を見るより、
地面に横たわっている羊の目に釘付けだった。
その目にもっと近づこうと動くと、
右肩に激しい痛みが走った。
そう。肩が痛いのだ。
その時、感じた「生きている」ということ。
痛いって、生きてるんだ。
痛みって、生きているから感じるんだ。
心も身体も、痛みを感じるということは、
生きている証しである。
今、身体が痛いのは、過去の痛みではなくて、
今の痛みであり、
今、心が苦しいとしたら、
それも過去の痛みではなく、今の苦しみなのだ。
「人って常に、今を生きているんだよな。」
自分が、旅の前、何度も出てきたキーワード「今を生きる」。
それが、肩に手を当てながら、このエメラルドグリーンの目を
覗き込んでいる時に、はっきりと感じたのだった。
生命をいただき 生きている
天から授かった命は 命に生かされている
2時間くらい調理していたであろうか。
河原についてから、4時間くらいかかったかな。



ホルホグ料理が完成した。
羊の肉、じゃがいも、にんじんなどを、取り分ける。

つい数時間まで、生きていた羊。
それが、今、我々の食事として目の前に出されている。
不思議と、食べることへの抵抗感はなかった。
当然、命をいただくことへの気持ちは強い。
命をいただくことへの感謝。
肉を口にする。
正直に、「美味しい」と思った。
思ったよりも、脂肪分も少なく、美味しくいただく。
ジャガイモも、にんじんも、ホクホクとして美味しい。
ホルホグ料理では、骨についた肉は、こそぎ落とすように
しっかり食べるのが礼儀とされているようで、
骨付の肉をしゃぶりながら、食べた。
さらに、でかい肉を渡されたが、
それは食べ切れないと思い、
口を付けずに返した。
いただきますって 手を合わせて
命をいただき そのエネルギーを しっかり使いたい
乗馬の間、ずっと一緒にいた、乗馬ガイド。
みんな、若い。9歳から21歳くらいの若者の男の子ばかりだ。
当然。言葉なんか通じない。
「O.K.」とか「ノー」とか「ストップ」とか「ゆっくり」とか、
最低限の単語くらいだったかな。
僕らは、すぐ、走り出すので、
よく「ゆっくりーーー!!」って言われていた気がする。
乗馬の初日。亀岩まで辿り着いて、亀岩に登った。
そこから観る景色は、とても気持ちよかった。



おもむろに、バッグから大仏のマスクを取り出してかぶってみた。
旅の仲間に披露するのも、初めてだ。
旅の仲間も驚いていたが、すぐに食いついてきたのは、
現地ガイドのイギーだった。
大仏マスクを早速かぶって、ポーズをとっている。
つづいて、バギー。
15歳の男の子、バスカもかぶった。



楽しかったら、言葉なんていらない。
一緒に楽しい。それが、一番のコミュニケーションなんだよね。

乗馬初日の最後には、男性陣はみんなでサッカー。
当然、ユニフォームも、ゴールも、ラインもありません。
帽子をかぶっているチームと、かぶってないチーム。
ゴールは、僕らのリュックをおいて作成。
ラインなんて適当。
馬の糞まみれのなかなかワイルドなグランドでのサッカー。
スライディングして、手をついたら、見事に糞を触ってたっけ。
いやー、楽しかったな。

毎日、色々あそんだ。
ちょっかい出したり、足を引っかけ合ったり、
カメラで撮影大会をしたり、河で泳いだり、
モンゴル相撲したり。

旅の最後の日は、乗馬ガイドのイギーが、
ウランバートルまで一緒にきて、
夜中に一緒にクラブで踊ったし。

子供の頃、そうだった。
近所のお兄ちゃんたちと、遊んだ。
遊びなんて、その時、その時やりたいことを、
その場にあるもので工夫して遊んだ。
違うお兄ちゃんたちもまざって、
いつの間にかみんなで遊んでた。
どこの誰かなんてわからないし、遊んでいただけで、
話しなんかしていない。
そんな世界が、当たり前のように存在して、
そんなコミュニケーションが、当たり前。
モンゴルの現地の乗馬ガイドの男の子たちと、
とにかく楽しい時間を過ごした。

言葉より 笑顔 言葉より 気持ち
一緒に楽しむことで 気持ちが通じる
今回の旅の現地ガイドとして、
チンギスハーン空港で出迎えてくれて、
最後、同じチンギスハーン空港で見送るまで、
ずっと旅のガイドをしてくれた現地ガイドがサラだ。

美人です。ロシアの血筋かと思ったら、
純粋なモンゴル人だそうです。
日本語もとても上手で、ほとんどの話が通じる。
コミュニケーションに不自由がなかった。
そんなサラは、大学などで日本語を学んだのかと思ったら、
そうではなかった。独学で頑張って覚えたらしい。
ちなみに、日本には、北海道に一度だけ
来たことがあると言っていた。
そんなサラとも、何をしたいかとか、
日本で何を学びたいかとか、
そういう夢の話しもした。
何ができるかはわからないけど、応援したい!
まだ、若いのにすごくしっかりしているし、
今を生きてるって感じ。

そんなサラは、ガイドとしても、最高だった。
俺たちは、自分たちでも言っていたが、
結構、わがままだったんじゃないだろうか。
乗馬の時に、ビールを運んでもらえないか
交渉して欲しい。
乗馬のコースで、
どうしてもここに行きたい。
夜、ゲルで部屋飲みをするのに、
レストランから栓抜きを借りたい。
ツーリストキャンプ場のレストランで、
持参したラーメンを作りたい。
夜、みんなでクラブに行くからタクシーを
5台呼んで欲しい。
夜中の3時までクラブに付き合わせたし。
そんなわがままなお願いを、色々としたんだけど、
必ずちゃんと一度受け止めて、
交渉してくれたり、用意してくれたりした。
だからこそ、自由で楽しい旅の面白さが増した。
これは、ホントにサラのおかげだ。

乗馬では、もちろん、安全を誰よりも気遣ってくれた。
すぐに走りたがる俺たちに、岩などがある危ない場所では、
危ないからゆっくりいきましょうとか、
馬の後ろに立つと、馬が怖がって、後ろ足で蹴るから
危ないと、乗馬の間、いつも注意深く、見てくれていた。
それなのに、サラの見ていないところで、
何人か蹴られていた俺たち^^;
でも、乗馬中は、時折、やんちゃな部分も見せる。
一緒にレースしたり、ペットボトルで馬のお尻を
ペシペシ叩きながら、ギャロップしちゃうし、
隊長すら危ないんじゃないかと思った、
ギャロップでの小河越えを、止めるどころか、
ノリノリでみんなでしちゃうし。
全力ギャロップも、平然とやって、
「最後、わたしが一番だった♪」って嬉しそうに、
言っていたのを忘れない。
サラで、忘れられない面白かったエピソードがひとつある。
俺たちは、馬を走らせる掛け声「チョー」で
盛り上がっていた。
チョーチョー人生とか、
イケイケ、ゴーゴーの人生だよね、とか盛り上がっていた。
サラが、さらっと言った。
「チョーに意味はないんです」
てっきり、「チョー」って「行け」とか「ゴー」
とか、そういう意味だと思っていた俺たち。
まさか、意味がない言葉だったと驚いた。
チョーチョー人生って。。。
みたいに、大爆笑で面白かった。
ツーリストキャンプ場からウランバートルに
戻った後、俺たちはサラへのサプライズを用意した。
白いTシャツにみんなで寄せ書き。
空港で別れる時に渡そうと。
空港で、みんなで、モンゴル語でお礼を言って、Tシャツを渡した。
サラは、喜んで、泣いてくれていた。
この旅が、こんなに楽しかったのも、
サラの力はとても大きかった。
ありがとう、サラ!
心配よりも どうしたら楽しく感じてもらえるのか
その心くばりの嬉しさは 計り知れない
乗馬3日目。
昼食をとる予定の河原の手前で落馬した。
帰国後にわかったのだが、骨折していた。

河原でも、痛みが引かず、ジャンプしただけでも
かなりの痛みが出る。
隊長と現地ガイドのサラに話し、
河原からの帰りの乗馬を断念した。
ちょうど、料理道具などを持って帰る車がくるので、
それに乗せてもらうことにした。
馬で移動するみんなを見送って、ひとり残る。
ホルホグ料理の時に手伝いで来ていたおじさんと、
乗馬ガイドの小さな男の子が残ってくれた。
その子の名前も聞いたんだけど、難しくて長くて、
紙も何もなくて覚えられなかった。
おじさんの家、すぐ近くのゲルが家らしい。
見える距離にあるゲルだ。
車が1時間くらいで来るということだったが、
実際には、3時間近く待ったのだと思う。
モンゴルタイムだね。
当然、言葉も通じない。
旅の仲間もガイドも、他の観光客もいない。
現地の人、犬や動物、草原と河と山、
そして、そこに住む原住民のわずかなゲル。
そこに、ひとりでいる感覚。
不思議と不安はなかった。
景色を見ながら、ボーとする。
なんだか、旅という概念を捨てて、
ただモンゴルに、今いるんだなぁ、という
モンゴルと1対1で関わらせていただいているような、
やわらかな感覚。
すごく心地良かった。
子供たちと、木や枝や河の水で遊ぶ。
その辺にあるものが、なんでも遊び道具だ。
チャンバラのようなこともやった。
木の皮を石で剥く、剥き方も教えてもらった。
言葉はいらない。
持って来た紙飛行機で、子供と遊んだ。
おじさんも出てきて、面白そうだと、一緒に遊んだ。
指差し会話帳とジェスチャーで、
いろんなことを話した。
おじいちゃんまで出てきて、
馬乳酒、ミルク、チーズなどをくれた。
馬乳酒で、お腹を壊すかなぁと思いつつ、
おじいちゃんの気持ちをいただいた。
その代わり、ホルホグ料理の肉を
1個半持って行ったけど。
物々交換だから頂戴って、
ジェスチャーがすぐにわかった。
一緒に乗馬した現地人たちが残った
ホルホグを食べるんだろうが、
なんか、あげちゃった。
ウォッカも1杯あげちゃった。
グイグイって飲みたいジェスチャーするし。
ダメって、説明できないし(笑)
この物々交換に、観光ではない
現地のリアルな生活を感じた。
3時間近く待っていたと思う。
時計もしていないし、ただ、日が暮れはじめて
ずいぶんと待っているなぁと感じた。
さすがに、おじさん達も、心配し出したのか、
電話はないかとか、紙とペンはないかとか、
ジェスチャーしはじめて、
んー、電話もないし、そういえば、紙もペンもないし、
どうしようかなーと思っていたときに、
ちょうど車がやってきた。
旅を取り除いた、ただ1人の自分として、
モンゴルの原住民と触れ合えた、ひと時。
この機会に、本当に感謝したい。
旅でもなく 日本人でもなく
ただ1人の人間として ここにいた
松本創(26歳)という人間を知っていますか?
不登校生のカリスマ的存在。
NHK教育テレビ「真剣10代しゃべり場」第一期レギュラー。
映画にも出演。
IT業界で成功して、多国語をしゃべり、
今、モンゴルの財閥のIT顧問もしている。
俺は、正直、彼を知らなかった。
チンギスハーン空港で、
現地ガイドのサラが出迎えてくれていた時に、
一緒にいたのが、彼だった。
隊長の知り合いで、隊長がウランバートルに来るならと、
出迎えに来てくれた、ということを隊長がその場で教えてくれた。
旅の初日の夜、俺たちが泊まるホテルに、
再び、彼が来た。ビジネスパートナーや仲間を連れて。
みんな、25・26歳と若い。
創さんの仲間と、バーで飲んだり、
創さんも含め、ホテルの隊長の部屋で飲んだりした。


彼のビジョン、先見性、行動力、社交性、
滅多にお目にかかれない26歳だ。
彼の今があるのがわかる、存在感だった。
彼のビジネスパートナーの日本人も25歳。
最近、知り合ったばかりだという。
投資ビジネス系をしている。
そして、そんなメンバーで、部屋飲みをしている。
夜中の2時過ぎまで、部屋飲みをしていた。
モンゴルの生活や、ビジネスの世界や、
色々な話しをした。
そして、創さんは、
テレルジのツーリストキャンプ場にも遊びに来たし、
またウランバートルに戻ってきた最終日も、
仲間を連れて会いに来てくれた。
そして、クラブに一緒に遊びに行った。
彼の仲間のひとりで、日本から来たばかりの
元不登校生の女の子。初日にも会えて、バーで飲んだし、
クラブにも一緒に来た。そして、一緒に、踊った。
普通のツアー旅行ではありえないような経験。
そして、ご縁。
どんなことも 心からの気持ちで 歩んだその先には
自分らしさが輝く 今日が待っている
旅の2週間前。
ウェブ上で旅の掲示板が開設される。

旅の仲間で、自己紹介をしたり、
どんな持ち物が必要かシェアしたり、
何をして遊ぶかなど、色々なことを掲示板で話して、
旅の日まで、盛り上がるのだ。
地球探検隊の旅は、本当に面白い。
そのひとつのキーワードがこれだ。
「旅は、どこへ行くかではなく、誰と行くか。」
旅の仲間が最高だと、旅の面白さも何倍にもなる。
旅の仲間が一体になると、旅の面白さも何倍にもなる。
「8/15の夜、渋谷に来れる人、飲まない?」
掲示板に、そんな書き込みをした。
お盆休みだし、数日前だったし、
どうかなと思ったが、反応があった。
ひでもりと、つっちーが、来れることになった。
当日は、俺の友達も1人混ざり、4人で
旅の前に一緒に飲んだ。
旅の話しもしたし、色んな話しもした。
こうやって、顔を突き合わせ、飲んで話して、
そうすると、やっぱり安心するというか、
親しみがわくというか、旅がさらにワクワクしだしてくる。
そこから、ラストスパートのように、
旅の掲示板も書き込みが増えた。
書きたいけど、様子見っていう気持ちもわかるんだよね。
でも、こうやって会っちゃうと、垣根がなくなるっていうか。
同じ便のメンバーは、成田空港で待ち合わせて、
軽くランチ&ビールも決まり、
旅の前から、仲間との旅の楽しさが生まれている。
誘ってよかった、旅の前の飲み会。
これが、この旅の魅力のひとつ。
始まりは 始めると決めた その時から始まる
その一歩は 他の誰でもなく 自分で踏み出す一歩
旅の前日。
地球探検隊の沖縄の旅で出会った仲間のもりくんと、話しをする。
もりくんは、ママチャリで日本一周している経営者。
以前、もりくんに、僕の友人のパーティーに一緒にどうかなと、声を掛けたら来てくれた。こんな風に、旅の仲間と、旅の後もどんどん繋がっていくのが、本当に素敵だと思う。
そんな彼が、旅の朝早くに、成田空港へ向かうバスに乗る前に、
見送りに来てくれることになった。
旅立つ日の朝7時頃。
わざわざ、バイクで駆けつけ、見送りに来てくれた。
オープンしたばかりのカフェで、合流。
彼は、あるものを持って来ていたのだ。
それが、これ。

世界を旅する大仏レポーター企画。
そのレポーターに任命されました!?
そんなのどう?って、前日に声を掛けてくれた彼。
そして、うん、やるって、即答してみた俺。
そして、旅の朝、今、こうして会っている。
なんか、この空気感がいいんだよね。
旅先に大仏のマスクを持って行く。
特に、何をやれとかっていうのは、全く話さなかったし、
特に決まってもいなかったんだと思う。
よくわかんないけど、面白い。
旅が面白くなりそうだと思った。
そして、もりくんに見送られて、成田空港へ向かった。

こういう仲間がいるから、旅も人生も面白くなる。
こういう仲間が、どんどん繋がっていって、
人生はもっと面白くなる。
モンゴルへ何を持って行けばいいのか。
掲示板でたくさん質問が飛び交った。
それは、長良川の旅で一緒だった、えりんぼが丁寧に、
色々と教えてくれた。
俺は、それを掲示板に書き込んだ。
彼女は、去年もモンゴルに行って、今年も別の旅で
モンゴルに行ってきたばかりだった。
ちなみに、もりくんとえりんぼは、
去年も今年も、一緒にモンゴルに行っている。
旅の仲間が、別の旅を盛り上げてくれて、支えてくれている。
半年前には出会ってもいなかった2人。
この2人、モンゴルから帰ってきた後に開いた、
ホームパーティにも来てくれたし。
他にも、たくさんの仲間から、
モンゴルへの行ってらっしゃいメールをもらった。
お帰りなさいメールもたくさんもらった。
この繋がりがすごい。
仲間って素敵。
そして、今回のモンゴルの旅から帰ってきた後も、
このモンゴルの旅の仲間と、
もりくんの会社の設立記念パーティに遊びに行ったし、
繋がりは、どんどん広がって行く。
繋がって ひとつになって また 繋がって
世界はどんどん 広がっていく
旅の前から、掲示板で盛り上がり、
飲み会も開いた。
多くのメンバーが同じ便だったので、
成田空港で、かなりのメンバーが顔合わせすることになった。

同じツアー旅行でたまたま一緒になった人たち、
というような、よそよそしい感覚はまったくない。
これからの感動を一緒に共有していく「仲間」として、
ようやく会えたね、みんなでの楽しい旅が始まるね、
っていう出会いの感じが、本当に心地良い。
チェックインカウンターで団体受付をしてくれている
隊長を放置して、なんとなく自己紹介タイムが始まる。
元々、掲示板で自己紹介をしあっていたので、
顔と名前とプロフィールが一致する。
そして、すでに成田空港から、みんなで盛り上がり始める。
さらに、旅の期間中に誕生日を向かえる仲間がいることを、
隊長から教えてもらう。
さっそく、その子以外のメンバーに、そのことを伝え、
どんなサプライズの誕生日の企画をしようか、
そんなことが、みんなで動き出すのだ。

ウランバートルのホテルに到着すると、
数日前よりモンゴル入りして、一人旅を楽しんでいた
タニと合流する。
タニとは、昨年の8月に、地球探検隊を知る夕べで出会った仲間。
あの日から、何度も飲んだりしているが、
旅に一緒に行くのは初めて。
でも、そんな気がしないところに、
地球探検隊の旅の仲間の繋がりが強いことを、改めて感じる。
夜も深まった頃、ウランバートルのホテルで、
山口県から、別ルートでのモンゴル入りだった、
最後の仲間、ワッキーが合流した。
機内で出会ったモンゴル人と仲良くなって、
ホテルまで送ってもらったワッキー。
実は、空港まで迎えに行っていた隊長とニアミスだった。
ワッキー行方不明説まで飛び出したハプニングだったが、
そんなことも、旅の良い思い出になる。
現地発着ツアーであり、
みんなが楽しむことを共感している旅だからこそだ。
これで旅の仲間が全員揃った。
さすがに、日にちが変わる時間だったので、
寝る組み、飲み直す組みと、別れたが、
翌日の、ツーリストキャンプ場へ向かうバスでは、
全員が揃い、みんなでの旅の移動が始まった。

旅は どこへ行くかではなく 誰と行くか
旅は 仲間と どのように感動を共感するか
仲間と旅をしていると、
本当に、どんどんみんなが繋がっていくのがわかる。
そして、ひとりひとりに、色があって、
それが輝き出して、共鳴しあって、
どんどん最高のチームになっていく。
全員を細かく紹介してはいないが、
その一部だけでも紹介したい。
平成生まれのしげ&ねっちだ。
2人は旅のムードメーカーだった。
ついに俺の回りに出てきた、平成生まれの友人。
明るくって、人懐っこくて、
乗馬でも積極的に走って、楽しんで、
それでいて、2人共しっかりした生き方も、ちゃんと持っている。
そんな2人は、旅で骨折して入院・手術をすることに
なったのだが、お見舞いにも来てくれた。
そんな素敵な若者と仲間になるって、
ホント、嬉しいことだよね。

同じ部屋になった、りょうへいとは、
星空の下、ゲルの前に座って、色々と話した。
2人部屋だったから、2人で語れたこともたくさんあった。
想いを持って、内に熱いものを秘めているりょうへい。
彼と同じゲルで過ごせたのも、巡り合わせだろう。

ひでもりとつっちーの2人は、旅の前から一緒に飲んだ。
同世代のひでもり。仕事も仲間の仕切りも、すごいやつ。
つっちーは、ぽわんとしているようで、結構アクティブ。
旅の当日に会った時も、気心がしれていたし、
誘ったら、飲みに出てきてくれたのが、やっぱり嬉しい。

くーさんは、感動屋さんで、年上だけど、
ほんわかした感じもあって、
飛行機の中では、行きも帰りも、隣で色々と話せた。
ああいう時間だから、話せたこともあって良かった。

たには、1年前からの仲間。
地球探検隊を知る夕べで一緒になり、その後、なんども飲んだりした。
だから、こうやって一緒に旅しても、自然な感じだった。
キレるトークが、冴えている。仲間の写真もたくさん撮ってくれた。

しかさんは、クールで熱い。
実は、あるセミナーの大先輩だった。
チョッチョッっと、クールな声で、馬を自在に操り、
俺たちのレースの仕掛け役だった。

幸せMAXのいずみ。
姉御肌でもあり、クリエイティブなところもあり、
そして、いつも俺の怪我に対して、声を掛けてくれていた。
沖縄からモンゴルへ。繋がっていたご縁。

ようこ、最高の誕生日、おめでとう。
みんなで、サプライズの誕生祝いができた。
笑顔が似合うようこが嬉しい表情をしてくれたから、
祝う俺たちも、幸せな気持ちだった。

そして、今回、俺は旅の間に2回も骨折をしたんだけど、
いつも、その手当をしてくれたのが、
獣医のワッキーと、看護士のヒトミだ。
動物用のテーピングで、固定してもらうなんて、滅多にない経験だ。
ワッキーは、獣医として、とてもすばらしい夢を持っている。
ヒトミも、夢や想いを持っている。
手当をしてもらいながら、そんな話しもできた。
2人の夢を心から応援したい。

現地ガイドのサラ。
俺たちのわがままなお願いも、いつもちゃんと受け止めて
考えてくれていた。夢や日本に対する想いとか、
色々な話しができたのも、すごく嬉しかった。

そして、隊長。
近すぎず、遠すぎず、いい距離感でいつもそこにる。
率先して、楽しんでいる隊長が、俺たちを楽しくさせる。
ディスコでは、俺と隊長は、ホント、よく踊ってた。

旅での怪我は、本当にみんなに気遣ってもらったり、
心配をしてもらったりして、本当に、嬉しかった。
旅から帰ってきた後、
骨折なんて、災難だったねー、なんてことを
言われることも、よくある。
そういう時は、「そうですねー。」なんて返事をしているが、
全くそう思っていない。
確かに、生活は大変なこともあるし、
入院に手術という予想外の大きい出費もあるし、
術後に痛くて悶絶することもあった。
今後も数ヶ月は、金属を身体にいれて、
制約のある生活も待っている。
職場や周りに迷惑を掛けてしまうことに関しては、
心苦しくもあるが、
自身の人生においては、
災難だったとか、不幸だったとは全く思っていない。
最高の仲間と、最高の旅をできた思い出が、
一生忘れられないような思い出になる、
ひとつの大きな出来事だったのだ。
そして、それは、やっぱり仲間の存在は大きい。
一緒に過ごせば、過ごすほど、
一緒にいることが自然になって、
それぞれの色が輝きだして、
それが、いい具合にまざって、
仲間としての、2つとない、カタチが出来上がってくる。
乗馬している時も、飲んでいる時も、
怪我をした時も、クラブで踊っている時も、
どんな時だって、この旅の仲間とだから、
ひとつひとつの瞬間が、輝くものであったと思う。

いつだって 共鳴している
共に過ごしていても それぞれが自由にやっていても
旅の期間中に誕生日を向かえるようこ。
その情報は、成田で知った。隊長が教えてくれたのだ。

本人に気づかれないように、
みんなで誕生日であること、誕生日のサプライズをやろう
ということを広めていく。
何する、何をプレゼントする、何ができる、いつやる、
ちょっとずつ、そんなことを話していった。
みんなで集まって会議をするようなことはない。
でも、なんとなく、みんながそれに向かってできることをやる。
ウランバートルのスーパーで、
手のひらサイズのキャンドルライトを、
たまたま見つけた。
こっそり、人数分を買った。
具体的に、どう演出しようなんてことは考えてなかったが、
何かできると思った。
買ったよっていうのは、隊長や話せる人に、
ちょっとずつ伝えた。

ツーリストキャンプ場へ行く途中、
スーパーマーケットに寄った。
そこで、ヒトミが、かわいらしいハートの
パッケージのチョコレートを買った。
そのスーパーでプレゼントできそうなものの
中で、ベストだと思うものをヒトミが探してくれていた。
しかさんが、メッセージカードを書こうと言った。
それは、キャンプ場で、誕生日サプライズをやる
直前の夕食前後に、キャンプ場のレストランで販売していた、
モンゴルのポストカードに、みんなで寄せ書きをしよう、
ということで決まり、急遽、みんなでこっそりと
寄せ書きをした。
サプライズの演出も、どうしようかは、
具体的にはあんまり話さなかった。
風船があるから、風船を膨らませて、飾ろう。
それも、ぎりぎりで、風船があるから、飾ろうか、
みたいな感じで決まった。
全員が、全部の計画を知っているわけじゃない。
繋ぎ合わせながら、どんどん進んで行った。
比較的、準備に関わっていたけど、
俺も、風船を直前に準備していたのは、知らなかったし。
そんな風に、その時に話せるメンバーでこうしようみたいなことで、
できることで最高のことを決めていった。
それが、自然とできて、ちゃんとカタチになる。
実は、ここに、こういう旅で繋がる仲間のパワーって
あるんじゃないかなと思う。
そして、サプライズが決行された。
ようこの誕生日は22日。
21日の夜、いつも通り、
ゲルでのみんなでの部屋飲みをする。
集合は23時。
その間に、風船の準備などをして、部屋に隠していた。
俺も、キャンドルをバッグにいれて、ゲルに運び、
ライターを借りて、準備した。
寄せ書きを書いたポストカードも、誰かが隠して
持って来てくれていたし、ヒトミもプレゼントを
忍ばせて持って来てくれていた。
23時55分、ひでもりがたばこを吸うために外にでる。
星空が綺麗だから、みんなで観に行こうと誘う。
個人的には、ひでもりの、
「星空をみんなで観に行こうぜ」
の名演技の台詞が忘れられない。
ズラズラっとみんなで外に出て行く。
誰がゲルに残るなんて、打ち合わせはしていないが、
適度にメンバーが残り、会場をセッティング。
キャンドルに火をつけ、風船を飾り、
ゲルのライトを消す。

0時を過ぎて、22日になったところで、
みんなを連れ戻す。
ライトが消され、キャンドルの灯りで飾られた部屋に、
みんなと一緒に、ようこが入ってくる。
「えっ、何これ?」
ようこが、不思議がる。
まったく、気づいていない。
誰からともなく、声が出て、みんなで祝う。
「ようこ!誕生日、おめでとう!!!」
カメラのフラッシュと共に、ようこが驚く。

その後は、ようこがキャンドルをひとつずつ消して行ったり、
ポストカードを渡したり、
プレゼントを渡したり、
大仏のマスクをかぶって祝ったり、
みんなで記念撮影したりした。
彼女のこれからの1年間の決意。
「チョーチョー人生でいきたいと思います!」


大成功だった!
モンゴルの満天の星空の下、
思ってもいなかった、サプライズの誕生祝い。
彼女の一生の思い出に残るような
誕生日になったら、こんなに嬉しいことはない。
そして、忘れてはいけない。
手作りでみんなで作り上げたサプライズの誕生日。
嬉しいのは、ようこだけじゃない。
俺たちみんなも、最高の思い出になった。
素敵な機会をくれた、ようこに感謝だ。
ありがとう!
祝う方も お祝いをされる方も 嬉しい
みんなが嬉しいから だからもっと嬉しくなる
旅の最終日。
テレルジのツーリストキャンプ場から、
ウランバートルに戻る。
国営でパートでお土産を買ったり、
市街のモンゴリアバーベキューの
レストランで夕食を食べる。

レストランからホテルに戻ってきた後、
まずは、一足先に、別便で山口に帰るワッキーを見送る。

俺たちは、帰国のフライトは、朝の6時30分だ。
4時頃には、ホテルを出発しなければならない。
俺たちは、0時からクラブに行って、踊ろうってことに決めた。
踊って、戻って来て、シャワーを浴びて、そのまま空港に向かう。
乗馬ガイドのイギーが合流し、松本創さんも合流した。
現地ガイドのサラもクラブに行く。
タクシー4台で、クラブへ大移動。
行きのタクシーが、おそらく4台が無線で連携しながら、
俺たちに高い金額を吹っかけてきた。
サラが正規で呼んでくれたタクシーなのにだ。
スリやボッタクリのタクシーや店員がいるのは、
聞いてはいたが、それを経験することになった。
金額で言えば、数百円の差だが、
そんな金額は払わなかった。
幸い、創さんやイギーがいたので、
モンゴル語での交渉も進み、
スムーズだった。
数百円でもめるなら、
払った方が楽とも言えるが、
それをやってしまうと、
また次の観光客がカモにされる。
まだ、白タクの方が安かったが、
それでも相場よりちょっとだけ高いかなという
ような金額で、決着。
これも、旅のいい経験。
ちなみに、帰りは、白タクを捕まえたが、
そっちの方が、妥当で安い金額だった。
クラブ「METRO POLITAN」。
クラブに入ると、そこは日本のバブル期のディスコのような雰囲気。
まだ、オープンしたばかりなので、人も少ない。
席に座り、まずは、みんなで適当に乾杯。
やっぱり、最初に踊るのって、
ちょっと勇気がいるよね。
平成ボーイズの2人が、踊ってよっ、て茶化される。
さすが平成ボーイズだ。踊りにいこうとする。
何やら、踊り場の横で、振りの練習か!
隊長も呼ばれる。
他のみんなは、まだ様子見って感じかな。
ビール片手に、クラブの雰囲気を味わいながら、
その様子を、踊り場の近くで見ていたら、
てらっちも、と3人に呼ばれる。
じゃー、ということで、3人に加わる。
このあたりは、みんなの前ではじけて踊ろうが、
別にそういうのは平気というか。
そういう基準が自分の中にできているので。
誰かがバカになって始めれば、
みんなが一歩、踏み出せるよね。
体験から身に付いた感覚だ。
後になって思えばだが、
落馬後の乗馬3日目の帰りと、
最終日の半日乗馬が出来なかった分の発散じゃないけど、
むしろ、踊りたいとか、踊りまくったら気持ちいいだろうな、
という気持ちもあったと思う。
そして、踊り出す、隊長と俺と、しげ&ねっち。
クラブなんて、過去に一度行っただけで、それは20代前半の頃。
特に、クラブでの踊りなんて、慣れていないけど、
リズムに身を任せて、踊り出す。
踊り出すと、やっぱりテンションがあがり出すもので、
どんどんリズミカルに踊るようになってくる。
ノリのいいモンゴル人のカップルも踊りはじめて、
一緒になって踊り出す。
どんどん、テンションがあがってくる。
4人で、めっちゃ踊る。
体力がしんどいので、ちょっと疲れたなーと、
一度、席に戻って休憩を始めたが、
乗馬ガイドのイギーが、立ち上がり、
みんなで踊ろうと、みんなを立たせて、
ステージへ連れて行く。
席で一息、休もうと思っていたが、
イギーのノリで、みんながついに動き出したので、
そのタイミングで、イギーに踊ろうよって
引張られたら、断る選択肢はない。
そこからは、みんなで踊ったね。
どんどん、みんなが踊り出して、
一度、踊り出しちゃえば、結構、みんな踊り出す。
モンゴル人とも、一緒になって踊ったし、
お立ち台でも踊った。
隊長にツイストをふっかけたし、
おかげで、隊長の高速ツイストを生で見れた。
鎖骨が折れてるとは思えないくらい、
汗だくになって踊った。
もう、とにかく踊りまくった。
あの時のみんなのエネルギーは、すごかったね。
帰り際に、クラブの前で記念撮影したけど、
スイス人が混ざってるし。仲良くなっちゃってね。

それもまた、旅の醍醐味。
身体が踊る 心が踊る
躍動するエネルギーが 踊り出す
今回のモンゴルの旅は、
今を楽しむことをシンプルに求めていた。
そんな俺に、様々な機会が訪れた旅となった。
乗馬初日。
いきなり、小指を骨折することとなった。
乗馬からの帰り道。
もうツーリストキャンプ場のすぐ側まで帰ってきた。
乗馬ガイドの住むゲルの近くで、一度馬を降りて、
時間を過ごすことになった。
俺は、少し乗馬に慣れたと思っていて、
ガイドがいない時に、愛馬のロンゲから降りようとした。
右足を鐙から外し、地面に降りた。
左足はまだ鐙に掛けた状態だ。
ロンゲの前にいた馬が、何かに驚いて動いたのだ。
すると、ロンゲも驚いて動いた。
その時、鐙に掛けていた足が抜けずに、
ガチャガチャっと引っかかってしまった。
それもあってか、ロンゲが走り出してしまった。
片足でケンケンをするように、引っ張られたが、
鐙から左足を外すことができた。
しかし、前に引っ張られた身体は、その勢いで
前方に倒れてしまった。
その時、隣にいた馬が驚いて動き、倒れた俺の右手を
蹄で踏んだのだった。
手をみたら、土だらけになっていて、
小指や薬指の皮が何カ所か剥け、
手の甲の皮も剥けて、血が出ている。
そして、小指の爪全体が、紫色になっていた。
すごい内出血をしたということだ。

ガイドが見てないところで降りたことと、
色々なことが重なって、今回の事故が起きた。
悪いタイミングが重なったことでもあるが、
自分の不注意でもあり、技術不足の過信でもある。
乗馬ガイドがいる時に降りたり、
もう少し、鐙に浅く足を掛けていたり、
もう少し、周りに馬がいない場所で降りたり、
それをしなかった、できなかったのは、
それは、不注意や技術不足と過信だ。
だから、ついていないとも思っていないし、
自己責任だと思っている。
とりあえず、ウェットティッシュで手を拭く。
皮は剥けて、血が出て、小指の爪はやばいことになっている。
みんなも心配する。
慎重に、指をひとつずつ動かしてみたら、動いた。
傷や踏まれたところが、ジンジンと痛みはするが、
問題なく動いた。
だから、まさか折れてはいないと思った。
後で、キャンプ場へ戻ったら、消毒をして、
保護すれば大丈夫だろうと思った。
そのまま、ウェットティッシュを巻きながら、
気にせず、サッカーをしていた。

ツーリストキャンプ場に戻り、
隊長にマキロンを借りて、消毒。
出血も止まってきていたので、
とりあえず、そのままにしておく、
ただ、ジンジンと痛く、
だんだんと、小指の第一関節より上が、
パンパンに膨れていた。相当な内出血だったのだろう。
きっと、本当は、血を出した方が良かったのかも。

日本に帰ってから、整形外科で、そうされたので。
だいぶ、血が固まった状態だったけど、
小指の激しい内出血と、小指の激しい突指。
ついでに、薬指と手の平も突指のような紫色に
なる腫れがある感じだった。
心臓より、低い位置に手を置いておくと、痛みが強く、
心臓より、高い位置にてを置くと、少し楽だった。
ジンジンとする痛みは、かなり強く、
夜、寝られるかなと思ったが、
それは以外と平気で、よく寝ていた。
だが、寝る前には、色々な感情が浮かんだ。
自分の不注意や過信だ。
かなり痛い。
でも、旅を続けられない痛みじゃない。
折れてもいない。(実際は折れていた。)
なんで、こんなことが起きたのだろう。
これは、俺の人生や旅に、どんな意味があっての出来事だったのだろう。
「それでも、お前は今を楽しんでいるか?」
そんな声が聴こえた気がした。
大丈夫。
痛いが、3本の指はまともに動くし、
明日も乗馬はできる。
このハプニングも、乗馬の奥深さを知る経験。
その上で、やっぱり、モンゴルに旅をしている今、楽しい。
今を楽しんでいた。
だから、大丈夫だった。
翌日も、指が痛くても、思いっきり打てる、
最高の鞭を手に入れて、乗馬2日目の乗馬は、
本当に最高のものとなったのだ。
それでも 今を楽しいと言えるのか
今を楽しんでいるんだから 楽しいさ
乗馬3日目。
鎖骨を骨折したのだ。
折り返し地点の河原に到着する直前、落馬をした。
落馬は、何人かしていたが、
俺は、ギャロップ中に落馬をしてしまった。
一瞬の出来事だった。
ガクッと衝撃を受けた瞬間、目の前に地面があった。
右肩から、思い切り、叩き付けられて、一回転した。
「てらっち、落馬」の情報が伝わり、
前を行っていたみんなも一旦、ストップ。
俺の馬、ロンゲは、走り出し、先頭集団の群れに合流する。
俺は起き上がった。
右肩を回した。動く。
何度か回した。
相当、痛かったが、肩が回るので、
この時も、折れていないと思った。
しかし、これも帰国後のレントゲンでわかったのだが、
右側の鎖骨を骨折していたのだ。
どのようにして、落馬が起きたのか。
ギャロップで、何人かで草原を疾走していた。
そのギャロップ中に、野うさぎか何かの巣穴に、
ロンゲの右前足がはまったのだ。
ロンゲが、そのままバランスを崩して、転倒したのだ。
当然、馬上の俺も、そのまま右斜め前から地面に
叩き付けられることになった。
これは、避けられたことか。
避けられたかもしれない。
前日の指の骨折もあり、
基本的に、ゆっくり歩いている時も、ギャロップ中も
左手で手綱を握り、右手は、鞭を持ちながら、
空中でバランスを取るような乗り方をしていた。
3本の指で手綱を握ろうとしても、しっかり握ろうとすると、
握れないことはないが、薬指や小指も一緒に動いてしまうし、
少し痛いのだ。
だから、2日目も、ほぼ片手で手綱を握って乗馬をしていた。
鞭をバシバシと打っていたら、強く握っていたみたいで、
薬指や小指の傷口から、出血をしていたが。
それでも、怪我した右手は、手綱を握るよりは、
痛くなかった。
3日目も、片手で。そうやってギャロップをしていた。
だからこそ、馬ごと転倒した時、なおさら、
身体を支えることができなくて、右側から一気に落ちたのだろう。
指を骨折していなかったら、または手綱を両手で握っていたら、
骨折しなかったかもしれない。
それに、そういう乗り方の方が、
ちょっと乗り馴れてる感があって、
気に入っていた部分もある。
そんな風に調子に乗っていなければ、
無事だったかもしれない。
乗馬初心者が、片手でギャロップをするなんて、
調子に乗らずに、ゆっくりと乗馬を楽しんでいたら、
そもそも、こんなことにはならなかったのかもしれない。
後から、考えれば、いくらでも、折れなかったかもの
理由は出てくるが、別にそんなことは思っていない。
もちろん、技術や過信という部分は、ちゃんと受け止めている。
だが、むしろ、今もこう思う。
顔や頭から落ちて、
命に関わるよな怪我にならなくてよかった。
両手で手綱を持っていたら、
頭から落ちていたかもしれない。
手をついていたら、
手を複雑骨折していたかもしれない。
落馬したところに、岩などがなくてよかった。
死んでいたかもしれない。
馬が骨折しなくてよかった。
他の仲間が、ギャロップ中に落馬しなくてよかった。
もちろん、落ちた直後は、
そんなことを考える余裕もなかったし、
理由や原因追及は、どうでもよかった。
ロンゲが無事だったのは、嬉しかったが。
大丈夫かと思い、再び、ロンゲに乗り、移動する。
背負っているリュックが肩にあたると、
わりと痛い。それが、どんどん痛くなってくる。
馬の走りが、ウォークからトロットになるだけで、
やばいと感じる痛みになる。
なぜ、この時も、骨折していないと疑わなかったのかは、
自分でも不思議だが、半端じゃない、打撲だとは思った。
馬上での揺れに、不安や危険を感じる痛みだったからだ。
ただ、運が良かったのか、10分もしない内に、
お昼ご飯を食べる河原に到着して、休憩することになった。
この河原では、肩の痛みと、この後の乗馬について、
自分と向き合う時間となった。
料理作りを見ている間も、みんなが河原で遊んでいる間も、
常に向き合っていた。
羊が屠殺されるのを見ながら、痛みがあるって生きていることだって、
そんな感情が、溢れるように湧いてきたりもした。
みんなが河原で遊んでいる時、芝の上で大の字になって、寝ていた。
河で泳げる状態じゃないと思ったし、
とにかく、休んでいながら、
痛みが引くのか、そのままかを見ようと思った。
気持ちが落ち込みそうにもなったが、
結局は、大丈夫だった。
ダメなら、隊長やサラに言えばいい。
他の人が経験できない何かが待っているかもしれない。
河の水で濡らしたタオルを肩にあてながら、
芝生で寝転がり、自然の空気を、自然の音を感じている時間も、
なんだか、気持ちいい。
後は、
「神様、どうか最高の旅を、続けられますように」
と、祈った。
どうにもならないことや、先のわからないことで、
不安や考えすぎるよりも、全然いい。
どうにもならないことを、神様に任せる。
これが、どんなにシンプルで自然で、楽なことか。
ちょっとスピリチュアルな表現だが、
それは、そう、旅の一週間ほど前に、
心の底から感じた体験だった。
だから、自然と、そう委ねられたのだ。
一眠りし、料理を食べはじめた。
だけど、肩の痛みは、引かなかった。
その場で軽くジャンプするだけでも、痛みが走る。
諦めて、隊長とサラに相談した。
そして、ひとり残り、迎えに来てくれる
車に乗って、キャンプ場に帰ることとなった。
だけど、だからこそ、できた体験があった。
乗馬最終日の朝、やはり痛みは引かなかった。
右肩が、北斗の拳のケンシロウのように、
こんもりと腫れている。

これは、乗馬は無理と思い、朝食後、
隊長とサラに伝えた。
残念だが、ベストな選択だと思った。
実際には、骨折していたので、乗らなくてよかったが。
俺とずっと乗っていたロンゲは、どうなるのか、気になった。
特に何も言わなかったが、気づいたら、ヒトミがロンゲに乗っていた。
最終日は、乗る馬が代わっている仲間が何人かいた。
理由があるのか、適当なのか、わからないが、
とにかく、ロンゲにはヒトミが乗ってくれていた。
なんか嬉しかったな。ロンゲの勇姿をケータイで撮影。
ロンゲに、ヒトミをよろしくと伝えて、みんなを見送った。

こうして、ひとりツーリストキャンプ場に残った。
キャンプ場の外を散歩して、
草原に寝転がって、寝たり、本を読んだり、
ゆっくり大自然の景色を堪能した。
これもまた、今回のことがなかったら、
体験できなかった時間だろう。
小高い丘の上で寝そべって、景色を眺めていると、
思ったよりも早く感じたが、
みんなが戻ってきたのが観えたので、
みんなと合流した。
みんなが帰ってきたのが気づかなかったら、
現地ガイドとのお別れも、
最後の記念撮影もできなかったかもしれない。
こういうところって、ホント、よくできているなぁ。

ダメだった理由を 探すんじゃなくて
その中にある 意味や幸せに 心をくばろう
今回のモンゴルの旅。
想像を遥かに越えたアクシデントが、
たくさんあった。
小指を骨折して、
さらに、鎖骨まで骨折する。
それだけでも、充分すぎるアクシデントなのだが。
ひとつ目の想像もしていなかったアクシデントは、
旅の2日前に風邪を引いたことだ。
熱も出ていたと思う。
だから、旅の間は、喉の痛みが残り、喉がいがらっぽかった。
前回の長良川の旅の時は、旅の前日に熱がでて、
当日も熱があった。
今回は旅の当日には、熱は下がっていたので、
前回よりはマシだったが。
のど飴、のどを消毒する薬、マスクなども
持って行くことになった。
ふたつ目の想像もしていなかったアクシデントは、
ツーリストキャンプ場について、乗馬をする直前に起きた。
外モンゴルの旅で、ゲルに集まって飲んでいる時に、
空いているゲルに、盗みが入ったという話しを、
旅の前に聞いていた。
だから、ワイヤーロックを持っていったのだ。
実際、ゲルの錠前は、
大丈夫なのって感じのボロさだったし、
使うことにした。
その時、俺は痛恨のミスをした。
このワイヤーロックは、施錠を外したまま、
ロック番号を回して締めると、
その番号にロック番号が代わるタイプだったのだ。
それを、同じゲルのりょうへいに説明しなかった。
だから、りょうへいに施錠してもらう時に、
番号が代わって、ロックが開かなくなってしまったのだ。
馬も到着して、乗馬が始まるタイミングで相当にあせった。
ワイヤーが少し長さがあったので、ギリギリまで伸ばしたら、
ドアに隙間ができて、頑張れば通れる広さだったので、
とりあえず、乗馬に必要な荷物は取ったが、
これをどうしようか、困ったことになった。
帰ってから、サラやキャンプ場の人に相談しようとか、
ハサミとかで切れないかとか、最初の番号に近い番号で
開いちゃうかもしれないとか、なんとか方法はあるだろう
と思って、乗馬に出た。
でも、凹んだことがあった。
それは、ロック番号を変えることになってしまった、
りょうへいに対してだった。
ごめんと謝るりょうへいに、申し訳なかった。
りょうへいは、何も悪くない。
ロック番号が変わってしまうことを伝えることに
気づかず、伝えなかったのがいけない。
それに、帰ってきた時のことを不安に
させてしまうことが申し訳なかった。
りょうへいは、心配な気持ちを抱えたまま、
乗馬をしないだろうか。
そして、みんなにも心配を掛けてしまったのではないだろうか。
とりあえず、なんとかなるだろうという気持ちもあったので、
乗馬に出た。
乗馬を始めてすぐの時は、そんな心配やネガティブな気持ちが
何度か頭をよぎった。
でも、その時、やっぱり、自分に語る声があった。
「今を楽しんでる?」
その声に救われた。
帰ってきて、なんとかすればいい。
キャンプ場や乗馬ガイドに、ナイフを借りたっていいし、
999回廻せば、いつか開く。
とりあえず、隙間から入れるんだから、
最悪、全部取り出して、他の部屋に入れてもらえばいい。
で、旅の間になんとかすればいい。
そう思えた。

↑
結局、借りたペンチで、壊して開けた。
そして、極めつけが、
小指の骨折と、鎖骨の骨折だ。
乗馬初日での小指の骨折。
初日の夜と、翌日もジンジンとしていたし、
小指はパンクしちゃうんじゃないかって感じでパンパンだし。

乗馬3日目は。ギャロップ中の落馬で、鎖骨の骨折。
帰りの乗馬をリタイアして、最終日の半日の乗馬もできなかった。

まさに、想像を遥かに超えたアクシデントの旅でもあった。
でも、だからこそ、楽しかった。
最高の旅だった。
俺は、本当にそう思っている。
小指が骨折していても、思い切り打てる、
鞭を授かることができて、
あんなに最高のギャロップの思い出が出来た。
鎖骨の骨折で、リアルな原住民との時間が持てた。
大自然に身を委ねて、ゆったりと時間を過ごすことができた。
そして、仲間の気遣いや、優しさにたくさん触れることができた。
それは、旅から帰ってきた後も、仲間や大切な人達の
優しい心に触れまくっているのだ。
そして、なにより、
「それでも、お前は、今を楽しんでいるか?」
この問いかけを、旅の間、何度か聴いた。
俺が、この旅で、自分に決めていたが、3つあった。
「躍動的なエネルギーで、今を楽しむ」
「考えるんじゃなくて、心で感じて行動する」
「地球に感謝して、大自然を満喫する」
この3つのことを、常に心に留めて、ずっと旅ができた。
だからこそ、俺にとって、
本当の最高の旅になったと、心の底から言える。
最高に旅を楽しめた。
旅を楽しめない人は、人生も楽しめない。
旅を楽しめる人は、人生も楽しめる。

骨も 心も 折れたって 大丈夫
繋がって 強く 成長していくものだから
元々、モンゴルの旅への想いを強く持っていた。
昨年の8月に、地球探検隊を知る夕べに参加した。
中村隊長の話しに感動した。
その時から、沖縄とモンゴルには絶対に行きたいと思っていた。
今年の2月に、沖縄の旅を実現。
5月には、長良川の旅にも行った。
そして、今回、モンゴルの旅が実現した。
そんなモンゴルへの旅だったが、
旅が近づくにつれ、そのテンションが、
実は、一段階低くなっていたのだ。
旅そのものも、もちろん好きだが、
地球探検隊の「感動」が生まれる空間も好きだった。
その魅力、そのコンテンツ、その世界を生み出しているもの。
それを学びたい。少しでも自分のものにしていきたい。
こういう気持ちも大きくあったのだ。
探検隊の13周年の祝うという、沖縄の旅は、28人も参加した。
そこには、リピーター隊員が、たくさんいた。
だから、地球探検隊の隊員ならではの、
主体的に旅を楽しみ、盛り上げて行く、
そんな姿をたくさん感じた。
そして、モンゴルへ行く前に行った、
探検隊での長良川の旅。
その時、沖縄で体験したことを、主体的に色々とやりたかった。
そして、そのようなことに、たくさん取り組んで色々と得られた旅だった。
なんとなく、得たいものをだいぶ体験した感覚。
モンゴルで何を得るのだろう。
そんな風に、考えている自分がいた。
将来のため、成長のために、探検隊の旅から
大切なものを得る。
色々なものを得た。順調に人生が進んでいる。
探検隊の旅に、俺は何を求めているのだろう。
今になって思えば、なんてくだらないことを
思っているのだろうと思えるが、
その時は、まじめにそんなことを考えるのだ。
そんな心が、俺の中に生まれていた。
「旅を、純粋に楽しむ。」
「旅の仲間との出会いを、純粋に楽しむ。」
「今を楽しむ。」
こういう心が、後ろの方に隠れていってしまったのだ。
そして、モンゴルへ行く意味を、難しく考えて、
当初よりも、テンションを下げていた自分がいた。
モンゴルの旅が近づいた夏、
俺に、想像もしていないことが起きた。
そこには、33年間の自分を全否定した自分がいた。
書くか迷ったが、書きたいと思う。
俺は、「美らピープル」という生き方に誇りを持っている。
夢に向かう。
自己成長をする。
社会に貢献する。
感謝する。
感動を共感する。
想いを伝える。
こういうことを大切にするような生き方だ。
自分が嫌いだった、子供の頃。
それを変えたくて、苦しんでもがいていた時期があった。
そして、色々なご縁が繋がって、
嫌いだった自分を変えていった。
そして、この3年ほど、自分の意識や価値観を変え、
どんどん加速していき、望む人生に一歩一歩近づいていった。
自分を変えてきたこの生き方に、
絶対の自信と誇りを持っていた。
そのカタチを表したのが、「美らピープル」という生き方だった。
理想的な美らピープルの俺がいる。
そして、そんな美らピープルが実現する理想的な未来がある。
そこに、落とし穴があった。
理想的な美らピープルとして、人に接している。
今のありのままの自分ではなく、
理想像の自分が人に接していたことに気づいた。
理想の未来に、接していた。
目の前の相手の今の心に寄り添っていない自分がいた。
相手の未来の姿に寄り添っていたのだ。
未来の理想的な自分が、相手の理想的な未来に寄り添っていた。
今がどこにもなかった。
人の今の心に寄り添っていない。
ありのままの今の自分で接していない。
今を楽しんでいない。
頭で考え、用意周到に道を描き、その通りに今を生きる。
そして、そう上手くいかない時に、恐怖や不安から、
焦る自分がいる。そして、美らピープルとは正反対の、
干涸びたコミュニケーションをとる。
そんな自分がいることに気づいたとき、
今の自分が、完全にどこにもいなくなってしまった。
苦しくて、もがいていた自分を、
絶対の自信で変えてきた、
この3年間の自信が全て崩壊した。
33年間の人生で、一番落ちた。
一週間、ほとんど夜も眠れなくなった。
食事も取れなくなっていったのだ。
夜も眠れない。食事も取れない。
涙が溢れて止まらない。
苦しくて、苦しくて、死にそうだった。
苦しくて、苦しくて、もうダメだった。
助けを求めた。
ただ、ありのままを受け止めて、
心に寄り添ってくれるような、友達に電話をした。
こんなことは、生まれて初めてだった。
電話を掛け、友達が出ると、泣きそうになりながら、口から出た言葉。
「助けて・・・」
どんなにボロボロに泣いただろう。
自分を許せない気持ち。
自分がいないことの恐怖。
本当の大切なことに寄り添えていなかった自分。
全否定するほど、そんなにダメな自分ではない、
全てが間違っていたわけじゃない。
頭ではわかっていても、そう思えない、どうにもならない気持ち。
後悔も辛さも、色々なものが溢れ出た。
友達は、ただ、今の俺の気持ちを受け止めてくれた。
モンゴルへ行く直前、
俺はモンゴルへ行く意味がわからなくなった。
というか、全ての意味がわからなくなっていたのだ。
毎日のように泣いた。そして、友達に助けられた。
ご飯も食べられない俺と、一緒にご飯を食べてくれり、
ただ話しを聞いて、今の俺の心に寄り添ってくれた。
そんなことが一週間も続いた。
かなり痩せてしまっていたようだ。
俺の中でそんなことが起きていることを知らない多くの人に、
会うたびに、痩せたねと言われた。
どん底の一週間。
そして、友達に救われた一週間だった。
そんな時、友達が電話越しに、
ひとつの話しをしてくれた。
中村隊長の書籍「感動が共感に変わる!」の中に、
隊長論の話しがあって、
中村隊長が、「隊長」ということに自信が持てなくなって、
苦しんだ時期があったのだと。
そこで隊長が感じたこと、復活したことを、話してくれた。
それが、今の俺に似ていると。
俺は、本棚にあった「感動が共感に変わる!」を読み直した。
隊長論の話しを読んで、泣いた。
ものすごく泣いた。
「何が、美らピープルだ。ふざけんなよ(俺)!」
なんども心の中で叫んでいた、心が折れた俺の姿が、重なっていた。
書籍の中にいる、立ち直って、また歩き出していく隊長。
そして、実際に、今、現実の世界で、
それを乗り越えている隊長と、俺は何度も接している。
何度も一緒に旅をしている。
立ち直れることは、わかっている。
理屈でもわかっているし、目の前に乗り越えた人がいる。
なぜ、立ち直れるのか、頭ではわかってはいた。
全否定する必要もないし、そうじゃなことも知っている。
ただ、その時の今の俺の心は、まだそれを受け止められなかった。
友達の、ただ純粋に俺の心に寄り添ってくれている存在。
隊長論の話し。
今まで積み重ねてきたもの。
そういったことのひとつひとつが、
少しずつだが、俺の心を整理させてくれていった。
自分の心と、穏やかに向き合うようにさせてくれていった。
「美らピープル」は、全てが間違っていたわけじゃない。
ただ、気づけてなかった視点があっただけ。
まだ、成長の余地があっただけなのだ。
魂が磨かれる機会であり、
美らピープルが孵化するように成長する時なんだ。
そう思えるのに、もう数日は掛かったが、
だんだんと、そう感じられるようになっていった。
もちろん、泣いたり、辛くなったり、安定はしていなかったが、
少しずつ、少しずつ、復活していった。
それもまた、隊長論の時の隊長に、自分が重なった。
春過ぎから、月に一度、受けているマッサージ&カウンセリング。
何人かの人にコーチングを受けたりしていたが、
このカウンセラーさんが、最もしっくりときたのだ。
それ以来、月に一度程度で、セッションをしていただいている。
今回の自分に起きたことを、全て話した。
ただ、傾聴するだけではなく、ぶれない視点で、
ずっと俺の今の心に、寄り添ってくれていた。
俺の話しを聴いて、感じたことを、はっきりと言う。
それは、ただ優しく受け入れてくれるだけではない。
ハートのど真ん中に、響くことを言う。
「今を生きていないわね。」
俺が、今、どう生きたいのか。
美らピープルで欠けていたもの、そしてどう成長したいのか。
そう思っていたことの、ど真ん中の言葉、そのものだった。
その時の予定を越えた2時間にもおよぶセッションは、
言葉では表せないようなことがたくさんあった。
美らピープルに欠けていたもの、
今の自分が望んでいるひとつの生き方、
それが確信に変わった。
だから、俺は、落ちた後、自分のブログでも、
「美らピープル」を充電中としていたが、
美らピープルの完全復活の旗を掲げた。
俺自身が、100%復活はしていなかったが、
ただ、旗を掲げようと思ったのだ。
そして、ひとつだけ、行きたいところがあった。
会いたい人がいた。その人に、聞きたいことがあった、
新宿歌舞伎町のど真ん中で沖縄料理の居酒屋を経営している
八重山出身の「かあちゃん」だ。
落ちて、もがいたからこそ、感じてこれたもの。
少しずつ、復活してきて、自分の中から生まれてきたもの。
セッションを受けて、心に根付いたもの。
どうしても、その沖縄のかあちゃんに、聞きたかった。
なぜだかわからないけど、どうしても、かあちゃんだった。
だから、かあちゃんに会うべく、
居酒屋の御一人様デビューをした。
お店に着いた時、かあちゃんは、風邪を引いているようで、
少し苦しそうだった。元気がなく見えた。
少しずつ、沖縄の話しや三線の話しなんかをして、
時間を過ごした後、ついに、かあちゃんに聞いた。
もう二度と、自分のために、誰かに聞く必要がないこと。
「かあちゃんは、神様を信じてますか?」
風邪で元気がないようだった、かあちゃんの表情が変わった。
ものすごく優しくて、力強くて、大きな温かさで、
俺の目をじっと見つめて、ゆっくり話しはじめてくれた。
「神様はいるんだよ。
ひとりひとりの中に、ちゃんといるんだよ。・・・」
かあちゃんの話しを聞き終わり、
俺は、泣いた。たまらなく、泣いた。
悲しさや、辛さじゃなくって、だけど、涙があふれて止まらなかった。
「男なら、今を真剣に生きて、全力でやりなさい。
後は、なんくるないさー。」
かあちゃんに、笑顔で力強く、
背中を叩かれて、そのお店を後にした。
モンゴルへ旅立つ日にちが近づいてきた。
「今を生きる」
このキーワードが、自分の中に根付いていった時、
よくわからなくなっていたモンゴルの旅を、
どうしたいのかが見えてきたのだ。
こんなことを得たいから、
旅でこういうことをしよう、じゃない。
望むことを手に入れるために、
こんな旅をしよう、じゃない。
頭で考え、自分の中に描いた、すばらしいものを、
その通りに得るために、旅をするんじゃない。
躍動的でエネルギーに溢れて、旅を楽しむ。
頭で考えるんじゃなく、心の感じるままに旅をしよう。
モンゴルの大自然に、ただ触れたい。
予定調和の頭で考えすぎる、
自分のパターンなんか、壊してしまうくらい、
感じるままに、モンゴルの旅を純粋に楽しみたい。
だから、俺が、この旅に持っていくものは、3つだけだった。
「躍動的なエネルギーで、今を楽しむ」
「考えるんじゃなくて、心で感じて行動する」
「地球に感謝して、大自然を満喫する」
モンゴルの旅は、このブログで書いたように、
本当にたくさんのことがあった。
心にたくさんのことを感じた。
心にたくさんのことが響いてきた。
心にたくさんのことをいただいてきた。
乗馬、最終日。
俺は、前日の落馬の痛みが直らず、乗馬を諦めて、
ひとりキャンプ場に残った。
パラパラと降っていた雨があがり、
暗い影を落としていた雲がなくなり、青空が広がった。
小高い丘の上で、草の上に寝転がり、モンゴルの青空を見上げる。
「それでも、お前は、今を楽しんでいるか?」
俺は、モンゴルの大自然に、そう問われた気がした。
旅の前に熱を出して、喉も痛い。
ゲルの入口の鍵が開かなくなった。
乗馬初日に、馬に踏まれ、小指を骨折した。
ズキズキして、夜の部屋飲みでのお酒も控えた。
乗馬3日目に、ギャロップ中の落馬で、鎖骨を骨折した。
その後半と、最終日に、ひとり乗馬ができなかった。
指も肩も痛みが走る。
自分の心に寄り添い、心の声に耳を傾ける。
「大丈夫。それでも、お前は、今を最高に楽しめる」
力強い声が聴こえてきた。
神様から、プレゼントをいただいたようだった。
旅の楽しい記憶が、溢れてくる。
そして、俺はひとり、声に出して言った。
「俺は今、最高に楽しんでいる。」
日本へ帰ってきた。
そのまま整形外科に行って、
レントゲンを撮ってもらった。
鎖骨と小指を骨折していることがわかった。
手術が必要ということで、
数日後には入院をして、全身麻酔を伴う手術をした。
骨を固定するために、肩にはプレートが埋め込まれ、
ネジで留められている。
そして、小指にも固定するためのピンが刺さっている。
術後、肩が思うように動かない。
時折、悶絶するような痛みも走る。
そんな俺を見て、色々な人が声を掛けてくれる。
モンゴルの旅の話しをする。
何度、モンゴルの旅や骨折の話しをしただろう。
旅の話しは、
「最高の旅だったよ」
いつも、この一言から始まる。

はいさい。美らピープル寺田直樹です。
みんな、いつもありがとう。
ちょっとモンゴルに行ってきます。
8月20日は、日本時間で19:02が新月です。
ほんの気持ちですが、
モンゴルから、日本へ向けてお祈りをさせていただきますね。
ではでは。
はいさい。美らピープル寺田直樹です。
みなさん、いつもありがとう。
昨日、今日と、大好きな友達たちから、
行ってらっしゃいメールが届いてくる。
いやー、ホント、嬉しいな。
どのメールも、ちょっとした表現とか、想いが
とっても、優しくって温かい。
それに、今日は、そんな友達のひとりと、
ミクシィでやりとりしたんだけど、
いやいや、旅の楽しさが膨らむネタを
もらっちゃったよ。
いや、正確に言うと、明日の旅立ちの直前に
わざわざ会いに来てくれるんだけど。
そのノリというか、ナチュラルに今を楽しむ、その空気感が大好き。
それは、旅から帰ってからのお楽しみで。
さあ、荷造りだ。
はいさい。美らピープル寺田直樹です。
みなさん、いつもありがとうございます。
瞑想に続き、筋トレも始めてみました。
こちらは、なんだろう。一言で言うと、思いつき。なんとなく、よしやっちゃうぞ、的なノリ。手帳ワークは最近は、少し早めにやったり、少し変化しているかな。で手帳ワークをしたら、筋トレをして、お風呂。夏だから、シャワーがほとんどだけど。そして、お風呂からあがって、落ち着いたところで、瞑想を始めている。
お風呂の中で、瞑想じゃないけど、じーとしながらイメージを膨らませるのって、実は、ちょっと苦手だったりする。のぼせちゃうというか、狭い空間な感じが、いまひとつピンと来ないのかな。逆に、温泉なんかだと、全然平気。特に、自然の中の露天風呂なんて、結構、1〜2時間くらい入っていたいくらい。
瞑想は、ずっとやると思うけれど、
筋トレは、うーん、どうだろう。思いつきだしなぁ。
というのも、週末に実家に帰って、体重計に乗ってみたら、ちょっとびっくりした。今年に入って2つあった体重計がひとつになって、7月に、ひょんなことから、もうひとつの体重計もなくなった。それ以来、体重を計っていなかったんだけれども、かなりシェイプアップされていたみたい。結構な人数から、また痩せたでしょって言われていたので。そっか、じゃあ筋トレも、時々じゃなくて、毎日やっちゃうぞ、みたいな。
去年の11月に、オーガニック中心の食生活に変えてから、わりとすぐにベスト体重まで落ちていって、いい感じにキープをしていたんだけど。ちなみに、無理して野菜中心の生活をしているっていうより、楽しんでやっているし、飲み会とかに行くときは、普通に食べてるしね。楽しみながらやるって、ポイントです。
で、そこからさらにググっと落ちていたので、ベスト体重くらいにしたいんだけれど、お腹周りにまたポニョが住んじゃうといけないので、筋肉的にベスト体重にしたい。仕事柄や姿勢の悪さから、腰痛になりやすかったんだけど、姿勢を改善すつつ、筋肉をまとって、腰痛も改善されたら、それは一石三鳥くらいなことだし。
ということで、始めてみた筋トレ。もともと、ストイックではないと自分では思っているので、続くかどうか。
瞑想に関しては、ストイックになる必要なく、始まっていて、自然の流れで来ているんだけれど、この筋トレは、意識してやるぞー、的なニュアンスが強いので、ストイックにやらないと、続かなそう。が、今は、筋トレにはストイックモードではないので、さて、どうなることか。
ちなみに、たまに、ストイックですねー、みたいなことを言われるんだけど、まったく、そうじゃないんだよね。手帳に夢を書いて、それに向かって進んでいるし、コーチングをしていると、そういう話しをすることも多い。すると、ストイックですねー、なんてことを言われることがある。
でも、ストイックじゃないんだなぁ。これは、ひとつはやりたくて、やっていること。習慣になって、だんだんと自然なものになっていっている。だって、夢だし、自分の人生の使命だから。やりたいから、やっているし、それが楽しい。
それと、これは、最近になって見えたことなんだけど、自分を変えなきゃっていう、焦りというか、恐怖というか、執着みたいなものも。実は、表の素晴らしいと思われるイメージの裏には、こういう部分もあったんだなと、自分でとてもはっきりと感じた。この気づきは、部分的に、瞑想を始めた理由のひとつでもあるかな。
それに、やりたいから、やっているし、それが楽しいんだけど、時には、「頑張らなきゃ」みたいな感覚の時だってあるし、「でも・・・」って出てくることもある。
その「でも・・・やっぱり・・・」を、潜在意識レベルで変えていくってことを、やっていたり、コーチングで大切にしていますが、僕自身が、そういう感情が表面に出てくることがある。それを受け止める、心のゆとりも必要だ。
もちろん、時にストイックに、達成したいことに、エネルギーを集中して、レーザービームのように壁をぶち壊して、進んでいくパワーも必要だったりする。
だからこそ、必要にストイックに、自然とゆるーく、いきたい。
そして、最後は、なんくるないさー、だ。
なんくるないさーは、沖縄の表現で、なんとかなるさ、という意味。
すごーくざっくり言うと、
頭で考えずに、心に従う。
自分の中にいる神様に委ねるって感じかな。
筋トレに関していうと、まったくもってストイックじゃなくていい。
ただ始めてみたことを喜び、委ねよう。
そして、今日は、お友達の誕生日。
Happy Birthday !
いつでも、心に太陽を^^
はいさい。美らピープル寺田直樹です。
いつもありがとうございます。
瞑想を始めました。
正確に言うと、今までなんとなくで、寝る前に時々やっていた瞑想チックなものを、
より瞑想しやすい環境を整えつつ、毎日瞑想することを始めた。
という感じです。
今までは、ベッドの上に座ったり、寝たまま、頭を空っぽにしたり、自分を見つめたりということを、時々、やっていた。という感じでした。そのまま寝ちゃうこともあったし。それは、もはや瞑想と言っていいのか、どうか、わからないところですが。
今までは、心を空っぽにするワークよりも、夢や目標をビジュアル的にも鮮明になるくらいに具体的にイメージするということや、自分の夢や使命を言葉に出して言うことで、潜在意識に強くイメージを持たせる、というようなワークが多かったと思います。
それを、朝と夜、瞑想しやすい環境を用意して、決まった場所で、ちゃんと時間を取って、始めました。頭を空っぽにして、心も空っぽにする。そして、自分の内側を見つめていく。そういうように、瞑想を始めてみると、自分の頭の中を空っぽにするというのが、難しいのがよくわかった。今はまだ慣れない部分も多いけど、心が休まるリラックスした感覚は、心地良い。
あっ、ちなみに、朝は、正直5分くらいのものです。
夜は、もうちょっと充分な時間を取っていますが。
もともと、夜は手帳を見たり書き込んだりして、ストレッチをして、寝るっていう習慣が出来てきつつあったのですが、手帳ワークの後、瞑想をして、ストレッチをして、読書をしながら、眠気を感じたら、電気を消して寝る。
という感じかな。
朝は、まだバタバタした生活リズム感があるのと、瞑想の後、ちょっとしたことをしているので。それにしても、最近は、朝はやけに5時台に目が覚めることが多い。そのまま起きてしまうことも、もう一度寝ることも両方なんだけど。
朝日に向かって、瞑想しなさいって言われてるのかな。だったら、やっぱり、沖縄の朝、バルコニーを出ると、そこはビーチ。そこで、瞑想を。そんな妄想が膨らむ。
自分の生活リズムが変わりはじめていることに、嬉しい気持ちもあり、そして、戸惑いもあり、色んな感覚を感じながら、まあ、なるように身を任せています。少しずつ、生活リズムを、今の心地良いカタチに整えていこう。
瞑想がこういうもので、こういうことがいいんだよ、なんてことを人にお伝えできるのは、きっともう少し後かな。もともと、家でヨガをやろうかなと、スペースを作ってみたんだけど、流れがとにかく瞑想になっていたので。
不思議なもので(引き寄せの法則的には必然的なものなんだろうけれど)、瞑想に関する情報が自分に入ってきて、今の自分には、ヨガより瞑想だなと感じたので、ヨガではなくて瞑想を始めたんだけれど、瞑想のレクチャーをやったりしたことがあるような人が、今度一緒に瞑想をやりましょうと声を掛けてくれたり、わたしの先生の本を貸すよって言ってくれたり、ほんと、ありがたい。
そして、最近、沖縄関連のお店で、「これは良い!」って久しぶりにツボにはまったお香まで見つけてしまって思わず購入していて。それで、せっかくだからと、香炉も探していたんだけど、これも瞑想への流れのような気がした。
なんだろうね、このぴったりくるような流れ。感謝の祈りを捧げよう。流れに身を任せて、Amazonでヒーリング音楽も購入してみた。
さてさて。どうなることか。
今回の瞑想と、その周辺の流れに関しては、完全に、流れに身を委ねている。
そのうち、また何か報告できることを願って。
はいさい。美らピープル寺田直樹です。
みなさん、いつもありがとうございます。
伊豆の実家に、お墓参りに帰っていました。
両親と外で合流する予定で、伊東駅に降り立ちました。
小学校2年生の時に、伊東に引っ越してから、高校までは、ずっとこの伊東駅が最寄り駅でした。大人になってから、実家が火事にあったりして、そこから2回ほど引っ越しをしているので、伊東駅に降りると、ちょっと久しぶりの感覚が蘇る。
伊東駅に降り立つと、懐かしさが感じる。小学校2年生から高校生まで慣れ親しんだ風景なので、やっぱりこの空気が子供の頃の匂いかな。

両親との待ち合わせまで、1時間弱くらい時間があり、歩いてすぐ、海なので、海を散歩してきました。ビーチのちょっと横には、ボートを停める場所が合って、その先に、海沿いのちょっとした公園があります。子供の頃は、そこの噴水で泳いだり(ダメですよ!)、芝生でミニサッカーやったりして、遊んでいた、懐かしい公園。

そして、その公園の海側には、テトラポットがたくさん積まれていて、そのテトラポットを、むりやり進んでいくと、ちょっとした秘密の小さな砂浜があるんだよね。なんとなく、秘密の場所みたいな感じで、子供の頃、なんどかそこに行って遊んだ。っていうか、特に立ち入り禁止とかって書いてはいないけれど、テトラポットをピョンピョン飛んで、くぐり抜けて行く感じだから、落ちたら怪我するし、まあ、行かない方がいいんだろうけど。別に何があるってわけでもなく、砂のエリアが出てしまったくらいなのかな。
で、やっぱり、子供心を押さえ切れず、行ってみた^^;
子供の頃に比べて、ちょっと砂場のエリアが広くなっている気がした。
潮がひいているだけ?
でも、誰もいなくて、そこから眺める海は、やっぱり気持ちいい。ある意味、子供の頃からの秘密の大好きなスポット。180度、繋ぎ合わせ、写真にしてみた。うーん、伝わるかな。

あまりに長く、ボーとしていたので、親から電話。既に到着したと連絡。
懐かしい川沿いの道なんかを歩きながら、集合場所に向かう。こうして、写真にとってみると、風情があってなかなかいい場所だなと思う。この川でよく鮎釣りもしていたな。

伊東の街は、数十年前の温泉旅館ブームの頃から比べれば、明らかに衰退していて、商店街がシャッター通りなんて言われている。今は、若者の観光客が多くて、ビーチには相変わらず人は多いけど、街中には、やっぱり人は少ない。もちろん、観光客自体が少なくなっていて、後は、伊豆高原とか白浜とか、伊東よりも南下した場所に人が流れてしまっているのもあるだろうけれど。
でも、ちょっとした街並には、風情ある場所が結構、あるんですよ。このブログを見て、ひとりでもふたりでも、「あっ、伊東に行ったら、ちょっとは街並みも散策してみたい」なんて思ってもらえたら、嬉しいな。
合流して、車でお墓へ。田舎道の運転は、やっぱり景色の変化が楽しい。車じゃないとちょっと行けないような高台にあるんだけれど、その分、山の高台から眺める海の風景は、結構、良かったりする。今日は、なかなか神秘的な風景を見せてもらえた。
ちょうどこの日は、空は青空で天気が良かったけれど、海の上にはもやが掛かっていた。ちょうど、伊豆大島がベストビューで見えるんですが、「雲の上に浮かぶ島」みたいになっていた。

その後は、お昼ご飯を食べて、実家でまったり。実家も、少し高台にあるので、オーシャンビューは、やっぱり良い感じ。ただ、景色を眺めているだけ、そんな時間が好きだったりする。何気に、住人は無料で温泉が利用できるので、真っ昼間から、温泉に浸かってきました。その時間は、人がいなくて、父親と2人だけで、独占。うーん、贅沢だな。

帰りの電車の中では、本を読んだり、進めようとしているサービスの骨子を作ったり、フッとやりたいことが浮かんできたり、特に帰省のUターンラッシュも気にならず、気づいたら家に帰っていた。
はいさい。美らピープル寺田直樹です。
みなさん、いつもありがとうございます。
地球交響曲(ガイアシンフォニー)第六番の上映&講演に行ってきました。
全ての存在は、響き合っている。
映画の中に登場していた、ピアニストのケリー・ヨストさん。
彼女は、当たり前のように感じていた。
ただ、そこに存在している、その石ひとつに、生命が宿り、
虚空の音を響かせ、その声を知っているかのようだった。
そのワンシーンが、ずっと心に焼き付いている。
ひとりひとりの中に神様がいて、
ひとつひとつの生命にも、神様がいる。
この年齢になって、今、それが、受け入れられたというか、
特別なものでもなく当たり前のものとして、
僕の人生に寄り添い始めてくれている。
人生って何があるかわからないから、面白い。
この神様が、「あ〜、本当に、自分の中にいるんだ。」って感覚は、
本当につい最近、ある一瞬にして、自分の中に入ってきたもの。
それは、今はまだ、上手く伝えられないし、
その感覚は、
今の時代の流行言葉のように言ってしまえば、スピリチュアルな感覚で、
時代的な歴史感で言えば、宗教的な感覚とも言えるだろう。
だから、その言葉の表面的なところだけが伝わったり、
誤解を招きそうで、ブログに書くのもちょっと考えたが、
今の自分に正直にありたいと思うので、書いてみる。
実際、人と会う前に、ブログだけ見てくれた人が、
もしかしたら宗教チックとか、怪しい感じの人なのかもって思った、
って言われたこともある。
特に、特定な宗教を熱心に信仰しているわけでもなく、
親しくなった人に、ネットワークビジネスの商品を紹介を
したりしていないし、高額な壺を売ったりもしてないけど(笑)
でも、もう、そういう風に、人からどう思われるかという、よけいな意識は、
もういいやって、手放すって決めたから、いいんです。
今の仕事も、夢や目標に向かって頑張ることも、プライベートも、
自己啓発も、趣味や今を楽しむことも、スピリチュアル的なことも、
そして、悩んだり葛藤が出て来たり、ネガティブな感情が出てくることも、
全部が僕で、それが僕のありのままなんですよね。
話しが、脱線しちゃったけれど、今回感じたことを、お話すると、
石に宿る生命や、波動の響きを感じて、
それが、ケリー・ヨストさんの人生に、当たり前のように寄り添っている。
それは、とても穏やかで、だけれども、エネルギッシュでもあり、
そして、当たり前に、ただただ、そうあるだけなのだ。
だからこそ、彼女が過ごしている日々、今という瞬間、
未来への歩み、それら全ての彼女の生き方、あり方そのものが、
ピアノ音楽から、滲み出ているものに感じた。
ただそこにある全てに 生命が宿っている
生命はエネルギーを発し 波動として響いている
それは 人の耳では聴こえない 生命の波動の響き
僕らひとりひとりも 生命であり 波動を響かせている
それは 人の耳では聴こえないけれども
その波動が響き合う波長が 確かに存在している
人と人 心と心
人とモノ 出会いとご縁
そこに存在する 虚空の音 そして響き
くじらという偉大なほ乳類は
人が聴こえない領域の波長を出し
そして その波長を聴くこともできる
僕らも 心を磨き 魂を磨き
心が奏でる波動を 受け止めながら
表面的なことでは伝わらない 波動を響かせたい
それは 鏡のように風景を反射する湖の表面に
投じた一石で 波紋が広がるように
広がり 響き出すものではないかな
時にその水面の風景は乱れ それは美しくもあり
また風景を生み出し そこに存在する
同じ風景であり それはまた新しい瞬間の誕生である
自分や人の心の波動に アンテナを傾け
響き合うその虚空の音に 心を傾けたい
うちなる神は 響き合う虚空の音を聴いている
はいさい。美らピープル寺田直樹です。
みなさん、いつもありがとうございます。
地球交響曲(ガイアシンフォニー)第六番の上映&講演は、
わたしの今にとって、とてもすばらしいものでした。
それは、こちらの記事で書いています。
上映会に行ったこと、そのものについても、少し話してみます。
渋谷にある三線教室の体験に参加をした後、そのまま、上映会場に急いで向かう。会場に到着して、すぐに一緒に観にいくメンバーと合流。
まず、上映会自体は、僕の大好きな人たちと、3人で観に行ってきました。一緒にいるだけで、優しい気持ちになれるような空気感を感じさせてくれる2人。誘って、大正解でした。幸せは、いつだって目の前にあることを、感じます。
会場につくと、地球探検隊の中村隊長がご家族で来られていて、ちょうどエスカレーターで会う。いいタイミングだ。話していると、今年の7月に、地球探検隊の旅で、「内モンゴル騎馬遠征隊(ザナドゥ)の旅」に行っていた、地球探検隊の隊員が数名来ていて、隊長に紹介してもらう。ちょうど、僕は数日後に、地球探検隊で外モンゴルの旅に、旅立つのだ。
みんな、内モンゴル騎馬遠征隊(ザナドゥ)の旅から帰ってきた仲間って感じで、その絆というか、一体感が、やっぱり輝いていた。少しの立ち話だったけれど、やっぱりみんないいエネルギーを出しているって感じだった。なんだろうね、目がキラキラしてるんだよね、やっぱり。
会場に入ると、これまた地球探検隊のスタッフさんと会う。ちょうど、ボランティアで、このガイアシンフォニーのイベントを手伝っていた。前日に、旅から帰ってきたばっかりだというのに、探検隊の人達ってホントすごいなー。
そして、座席に行こうとしたら、今回は、音が大事ってことで、前の方がいいよと、教えてくれた。これが大正解。映像を観るには、ちょっとだけ見にくいけれど、その音は、本当に凄かった。
会場内では、知り合いや友達にもあったり、やっぱり、みんな繋がっているなぁ。今日のガイアシンフォニーのテーマから言えば、僕らはみんな、見えない波動やエネルギーで、繋がって、響き合っているんだろうなぁと思う。
で、上映会&講演は、本当にすばらしいものでした。
これは、少しでも興味を感じた人は、本当に、おすすめです。
上映会が終わった後、その友達を連れて、渋谷へ。夜は、外モンゴルの旅に一緒に行くことになったメンバー2人と合流して、ご飯を食べることになっていた。旅の前に、こうやって事前に会ってご飯を食べようと誘ったら、来てくれたのが嬉しい。地球探検隊の旅は、旅の前から掲示板が開いて、色々と掲示板で交流ができるのだけれど、会っているわけじゃないんだよね。会うのは、基本的には旅の当日の集合なので、掲示板でやりとりをしているだけ。
でも、こうやって旅の前から、会えるって、ほんとすごいなぁ。掲示板が開いたときから、旅が始まっていると、探検隊ではよく言葉で言っているけれど、まさに、それ。旅が始まっているなら、楽しまなきゃね。
一緒に上映会に行った友達は、探検隊とはまったく関係がないんだけど、そんなの関係なしで、すぐに打ち解けて、終電ぎりぎりまで、飲んで食べて、盛り上がった。むしろ、「世界」というキーワードで繋がっていて、とてもよい出会いになったようで、それもさらに嬉しくなった。ますます、外モンゴルの旅に向けて、テンションがあがってくるのがわかる。お酒は、そんなに強くないんだけど、この日は、結構なワインを飲んだなぁ。でも、それもまたよし。
みんなひとりひとり、個性や背景があって、それが自分らしさ。
上映会の後だからかもしれないが、ただただ、オープンな心で、そこにいて、心から楽しんでいると、みんなの自分らしさが響き合う、そんな心地良い雰囲気を感じた。
もちろん、翌日から掲示板が、さらに盛り上がったのは、言うまでもない!
はいさい。美らピープル寺田直樹です。
みんな、いつもありがとう!
今は、お盆休み返上で出社していますが、
Webデザイナーであり、経営者でもある、大好きなお友達のひとりと
ランチをしてきました。
人生で極めて、インパクトがあるような経験をすると、
人って本当に成長するよね、とお互いにしみじみと感じた。
経営者でもある彼女は、それはもう、色んな面で、大変だったんだと思う。
僕も、去年の春に、仕事ではかなりフラフラになるような経験をさせて
もらったけれども、仲間がいた分、なんとかやり抜けた。
それをひとりで切り抜けたのは、本当に感心するというか、尊敬するというか。
失敗は、失敗ではない。成長のための糧であり、機会だ。
人生の本当の失敗は、失敗から何も学ばないことである。
つい最近、誰かから聴いたか、本で見たか、思い出したそのメッセージ。
僕らが今、経験していることって、ほんとそうですよね、
と彼女にそんなメッセージを話しながら、
改めて、しみじみとその意味を感じた。
そして、今日から読みはじめた本の最初の出だしでも、
その言葉が書かれていて、ドキッとした。
最近は、同じことを続けて、言われたり、出会ったりすることが、頻繁にある。
何かのサインなのか、どうかなんてわからないけれど、
サインだと感じるんだったら、それはサインなんだと思う。
人生の本当の失敗は、失敗から何も学ばないことである。
失敗を恐れずに、躍動的に行こう。
その経験が、さらに成長へと導いてくれる。
一瞬一瞬が、たった一度の煌めく今だ。
だったら、見えないことにも目を向けて、その今を愛したい。
今の幸せの感覚を、積み重ねよう。
一瞬一瞬が、リアルなストリートファイトだ。
時には、それぐらいエネルギッシュに、行けばいい。
破りたい殻があるならば、ぶち壊そう。
はいさい。美らピープル寺田直樹です。
いつも、ありがとう。
8月11,12,13日と、丸の内キッズフェスタ国際フォーラムというイベントがあり、障害児童の自活をアートで支援するからふるさんが参加していた。僕は、仕事で行けなかったのだが、からふる繋がりの友達が行っている。そして、行ったみんなが、中西圭三を見たって。イベントとして来ていて、歌っていたらしい。かなり、うらやましいです。
彼の歌は、大学時代に、ほんと、ずっと聴いていて、今でもアルバムを何枚も持っている。
Woman、A.C.E.、Ticket To Paradise、眠れぬ想い、非情階段、J、Kiss, Merry X'masYou、新しい僕になろう、・・・他にもいっぱい。
今日は、昼休みに、渋谷から銀座まで行って、銀座わしたショップに買い物に行って来た。前々から欲しかったものを、モンゴルへ旅立つのを機会に買ってみた。ついでに、ちょっといい、手頃なものを見つけた。これは、人へのプレゼントね。そして、店員さんはさすが。僕が着ていた、浜昼顔のデザインの沖縄Tシャツをわかってくれた。
そうそう。
からふるさんの、からふる新聞8月号に、僕のことを取り上げてもらいました。代表の吉澤さんに、めっちゃ感謝です。嬉しい^^
アトリエからふるという毎月のイベントにサポーターとして参加させていただいた時のことを、このブログで日記に書いたんだけど、それをからふる代表の吉澤さんが、とっても喜んでくれて、新聞に載せたいって言ってくれたんだよね。今月は、予定が入っていて行けなかったので、来月は行きたいなぁ。
はいさい。美らピープル寺田直樹です。
みなさん、いつもありがとう。
居酒屋、1人デビューしました。
特にしようと思ったわけじゃないんだけど、そうなった。
新宿にある「沖縄料理とぅばらーま」というお店です。

地球探検隊の旅の打ち上げ(写真交換会)と、その後、職場の新卒の子と一緒に、すでに2回行ったことがあるお店で、もう、なんていうんですかね、
お店の雰囲気が、「ザ・沖縄」って感じで、いい意味で、てーげーで、なんくるないさー、的な雰囲気満載。そして、そこのおとうちゃん、かあちゃんが、大好き。
どうしても、かあちゃんに会いたくなって、行ってきました。かあちゃんは、風邪を引いているみたいで、少し苦しそうだったけど、最後は、すごく力強くて、すごく優しくて、すごく素敵な笑顔で、話したり、帰りを見送ってくれました。あの目の奥にある深さは、すごかったなぁ。
どうしても、かあちゃんに会いたくて。
どうしても、聞きたいことがあって。
そして、聞いたこと。
もう二度と、自分のために、誰かに聞く必要もないだろう。
「かあちゃんは、神様って信じますか?」
とうちゃん、かあちゃん、
そして、沖縄って、やっぱり大好きだ。
さらに、なんくるないさー、てーげー、って言葉が、
さらに大好きになった。神様と繋がる言葉だね。
はいさい。美らピープル寺田直樹です。
みなさん、いつもありがとう。
一時、充電期間に入らせた「美らピープル」ですが、
完全復活の旗を掲げることにしました。
充電完了です。
旗を掲げながら、フラッとしちゃう時もあるだろうけど、
それもまた、今の自分。それも愛していきながら、
日々の、一歩一歩を、一瞬一瞬を、
躍動感溢れる心地良いエネルギーで、動き出します。
いや、別に内容が変わるわけじゃないですけどね。
キモチの問題です。ここ、ここ、ハートね。
美らピープルの定義も、バージョンアップしますが、
また、まとめたら、サイトを更新するかも、
ちょっとだけ変えるかも、
変えずに日記内でちょっとずつ出していくかも。
でもね、「美らピープル」は、ほんとすごい成長したよ。
ありがとう。
いつもありがとう。寺田直樹です。
モスバーガーでお昼ご飯を買って、持ち帰って職場で食べてます。この夏は、ホットチキンバーガーが復活しているんですよね。何度か、復活しているんじゃないかな、これ。
コアなファンがいるんだよね。このホットチキンバーガー。
そんな僕も、ホットチキンバーガーは、10年以上前に登場してから、ずっとこよなく愛している。復活しながら、ちょっとずつ、ホットチキンのパティ(衣や味付けされた状態)や、ホットソースの味が変わっていて、やっぱり一番好きなのは、一番最初のホットチキンバーガーなんだけれど。
実は、モスバーガーでは、何年とバイトをしていたこともあって、5店舗くらいは、やったかなぁ。それに、地元のモスバーガーの社長さんには、子供の頃から成人になっても、ものすごくお世話になったりとかしていて、モスバーガーは、やっぱり愛着があるんだよね。
接客やサービスのおもてなしも、ある意味、この5店舗のアルバイトの中で、色々と学んだことも多い。とても、すばらしい意識の人に教えていただいたり、反面教師的に学んだこともあったり、クレームに対応させていただいたり、嬉しい言葉や差し入れをいただいたり、今思うと、とても大きな人生経験をさせていただいていたと思う。
だから、モスバーガーのお店に入ると、ちょっと心地良くなる。
モスバーガーのMOSは、
マウンテン・オーシャン・サンの略。
山・海・太陽だ。
そして、アルバイトの時、スタッフがお店に入る前に、唱和する基本方針。
お店全体が善意に満ちあふれ、
誰に接しても親切で優しく明るく朗らかで、
きびきびした行動、清潔な店と人柄、
そういうお店でありたい。
心のやすらぎ、ほのぼのとした暖かさを
感じていただくために努力しよう。
今でも、変わっていないのかな?
いつもありがとう。寺田直樹です。
なにげに、職場から更新。
ちょうど、お昼休みなもので。
職場は、お盆休み。でも、僕は今週はお仕事です。仕事のスケジュールが詰まっていたりして、ぽつぽつと、数名、出社している。いつもと違って、とっても静か。電話も、ほとんどならないし。少し寂しいような、少し心地良いような、アンニュイな感じっていうの?
アンニュイって、おもわず使ってみた。
でも、今イチ、正確にその意味を理解していない^^;
なので、昼休みにブログを書くっていう、初体験。
外は真夏の青い空。
ちょっと、東急ハンズまで買い出し。
モンゴルで必要そうなものを、とりあえず買ってみた。
まあ、なんとかなるだろう。
この空もまた、モンゴルと繋がっている。
いつもありがとう。寺田直樹です。
実家が静岡県伊東市にあるんだけど、朝、天気だけチェックしようと、テレビをつけたら、静岡県で震度6弱、という地震のニュースがやっていて、びっくり。
すぐに実家に電話したけれど、両親、いとこは、無事ということで、ほっとした。置き時計やら、ものが、バラバラと落ちたりして、片付けていたようだ。まずは、無事でなにより。
明け方、地震があって、目が覚めたんだけれど、そのまま寝てしまって、朝、起きた時には、すっかり地震があったことなんて忘れてしまっていた^^;
で、たまたま今日の天気のチェックでテレビをつけてみたら、実家近くで、震度6弱ってことで、さすがに驚いた。
もともと、静岡県生まれで、高校生の時まで伊豆に住んでいて、中学生の頃には、震度5強の地震と、海底噴火と、海底噴火直前の地面の下から聴こえてくる、マグマのゴーゴーという音を体験しているので、なんとなく慣れっこ的な部分もあったんだけど、離れている両親にそういうことが起きるって、自分でその場ではなんにもできないので、本人たちが大丈夫とは言っても、なんだかんだで、心配になりますね。あと、震災で身内に不幸とか、目の前でひどい光景を見ていたら、きっと慣れっこなんて言葉は使えないだろうけれど。
それにしても、地震があると、つい部屋の電気を見てしまう。今の我が家にはないんですが、部屋の電気をつけるのに、ヒモがぶらさがってたりするじゃないですか。あれを見て、地震かどうか、どの程度かチェックしている習慣があるんですよね。で、我が家にひもがぶら下がっていないのに、見てしまう自分。習慣ですね。
でも、本当に、こういう時こそ、近所で声を掛け合ったりして、支え合うって大切ですよね。神戸の震災の時も、お年寄りは比較的多く助かって、若い人達ほど助からない人が多かった、という話しを、現地にいた人から聞いたことがあります。
お年寄りの皆さんは、ご近所付き合いがあるから、例えば、お隣のお家のどこが寝室だとかわかっていて、「どこそこのおばあちゃんがまだ救出されていなくて、あそこが寝室だから、あの辺に埋もれているはず。」と周りの人が情報提供したりして、ずいぶん助かった方々がいるんだよって、そんなお話を聞いたんです。
そういえば、日曜日にも千葉で地震がありましたね。僕もちょうど駅のホームで電車を待っていたんだけれど、30秒くらい地味に揺れ続けていた後、大きめの地震がきて。ホームで待っていた、ご年配の方が不安で近くの人に声を掛けているのを見たり、僕も隣の人と顔を見合わせて、「すごく揺れましたね」って話したり、そうやって、ちょっと声を掛け合うだけでも、みんなが少し安心できるなと感じたできごとだったなぁ。
とにかく、家族が無事だったで、まずは何より。
家に帰ったら、もう一度、防災袋を確認しておこうかな。
いつもありがとう。寺田直樹です。
今日の夜は、渋谷で好きな沖縄料理屋「道玄'n」に行ってきました。
ここのあぐー豚と野菜のセイロ蒸し、大好きです。
一緒に行った友人も、満足してくれたみたいで、嬉しい。
今日は、友人であり、人生のミッションを共有しながら、活動をシェアしたり、共に活動を始めている仲間と、夜ご飯を食べながら、色々と話しました。もともと、活動で協力し合おうという話しのために会いましたが、その話しは5分くらいで、ずっとお互いの今のこととか、自分と向き合うこととか、夢ややりたいことを、今、どう感じているのか、などについて話していました。
一度、彼にはコーチングをさせていただいたことはありましたが、コーチングを抜きにして、2人でじっくりと話しをするのは、始めて。こうやって、素直に話しをすることで、まず信頼関係が生まれ、育ってくるのだと思う。
何をするかよりも、誰とやるか。まず、それはとても大切だと思う。一緒に協力し合ってやっていくのであれば、どういうことをやるのかも大切だけれど、その根っこは、一緒に協力し合ってやっていきたい仲間なのか、そこが大切だと思う。そんな彼は、まだ20代前半。すごいよ。そう、遠くないうちに彼の素敵なサービスの第一歩が、世の中に公開されることになると思います。お楽しみに!
美味いものを食べながら、素直に話し、伝え合い、感じる。
とっても、気持ちいい時間を過ごせました。そして、一歩ずつ、動き出します。
いつもありがとう。寺田直樹です。
まもなく始まる、外モンゴルの旅。
ちょっと場所は違うけれど、地球探検隊の
去年の内モンゴルの旅がYouTubeに出ている。
やばいよ。
ほんと、モンゴル、行きたくなっちゃうよ。
感動体験したくなっちゃうから。
「なぜ、俺はモンゴルに行くのか?」
少し前まで、自分への、その問いの答えが、
なんて答えていいか、上手く言えなかった。
自分の内側を見つめ、
カウンセリング&マッサージを受け、
そして、率直に聞いた。
答えは、すごくシンプルで、だけどパワフル。
いつもありがとう。寺田直樹です。
今日は、午前中は、定期的に通っているカウンセリング&マッサージ。今日は、徹底的にカウンセリングで、すごく濃い内容だった。改めて、このカウンセラーさんの懐の深さというか、心の広さというか、すごかった。
パーソナルコーチングを提供している僕自身が、定期的にコーチングを受けているのですが、今、一番、グッときているのが、この方のカウンセリング&マッサージ。コーチングとカウンセリングで、少しジャンルが違うけれども、なによりも僕にとって確かな「本物」なのです。
で、その後は、同じコーチングをしている、僕の大好きな友人、石丸ひろしさんが、家に遊びに来てくれて、色々とお話したり、ゲームで遊んだり、DVDを見たりして過ごす。
僕の最近のお気に入りの手料理は、野菜づくしだ。美味しい、美味しいと食べてくれたので、大満足です。

ちなみに、遊んだゲームというのは、前に買ってみたカードゲームで、地球環境カードゲーム「マイアース」。地球の環境を守るプレイヤーと地球の環境を破壊するプレイヤーが地球の未来をかけて戦う、トレーディングカードゲームです。ゲームで遊びながら、環境について学べちゃうっていうやつです。結構、マニアックなカードだけど、ひろしさんも、このカードゲームを知っていた。そして、やってみたかったと。さすがだ。
それと、もうひとつ嬉しいことがあった。
僕の大好きなお友達のひとり、イラストレーターのこばちゃんから、とっても素敵なものをプレゼントしてもらいました。
僕がモンゴルへ行くっていう話しを聞いて、「私たちは世界中でいちばん幸せな子供たち。」という有料の小冊子を贈ってくれたのです。モンゴルに住む子供たちの夢を応援している、支援団体ハミングバーズさんが、出されている小冊子です。

ちなみに、その中に、僕の好きなマザー・テレサの言葉があった。それもまた、すごく嬉しい。
<あなたの中の最良のものを>
人は不合理、非論理、利己的です。
気にすることなく、人を愛しなさい。
あなたが善を行うと、
利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。
気にすることなく、善を行いなさい。
目的を達しようとするとき、
邪魔立てする人に出会うでしょう。
気にすることなく、やり遂げなさい。
善い行いをしても、おそらく次の日には忘れられるでしょう。
気にすることなく、し続けなさい。
あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけるでしょう。
気にすることなく正直で、誠実であり続けなさい。
あなたが作り上げたものが、壊されるでしょう。
気にすることなく、作り続けなさい。
助けた相手から、恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。
気にすることなく、助け続けなさい。
あなたの中の最良のものを、世に与えなさい。
けり返されるかもしれません。
でも、気にすることなく、最良のものを与え続けなさい。
最後に振り返ると、あなたにもわかるはず。
結局は、全てあなたと内なる神との間のことなのです。
あなたと他の人の間であったことは、一度もなかったのです。
マザー・テレサ
いつもありがとう。寺田直樹です。
前々から気になっていた、地球交響曲(ガイアシンフォニー)。
地球交響曲第六番の上映&講演が、
日程的に、ちょうど行けることになったので、行ってきます。
大好きなお友達と一緒に行くことになって、
そして、他にも、大好きなお友達がきそうな感じ。
楽しみ。
これ。
「全ての存在は響き合っている」って素敵な言葉だね。
「音を観て、光を聴く」旅、それが「地球交響曲 第六番」の旅なんだって。
いつもありがとう。寺田直樹です。
朝、大好きな友達と、ちょっとしたメールのやりとりをした。
とっても嬉しい出会いがご縁として繋がったと、そんな嬉しいメールをもらった。やっぱり、大切な人達が幸せになっていくのは、単純に嬉しい。
で、そんなやりとりの中で、ささいな一言に心が留った。
「周りにきらいな人いないよね」
そうだよねー。特に、この3年ほど、その時の新しいステージで歩いてきて、人間関係が変わって、自分の周りにいる人がガラッと変わった。そして、それは人そのものも変わって、自分自身の受け止め方も変わって、その両方で、自分の周りの人たちと、その感覚が、変わってきた。ブログでも、今、よく「大好きな」って言葉を使うけれど、本当にそうなんだよね。
そして、もうひとつ。もやもやっと、ずっと感じている相手がいる。そのことを、すごく実感した。また、その感覚を深く見つめていきたい。それは、仕事でも恋愛でも友人関係でも、どれにでも影響するような、キーポイントだと思う。
キーマンだ。有り難い。ちょうど今、自分が次のステージのテーマが色々見えてきて、それに向かって歩きはじめている感覚があって。前のステージの最後の宿題。向き合おう。
人の嫌な部分を感じた場合、その多くは、
自分の嫌な部分なんだよね。
ちなみに、全部が当てはまるわけじゃないけど、◯◯さんの△△が嫌だなと感じたら、△△な自分は嫌だって置き換えてみると、結構、しっくりとくることって多いんだよね。
時間にルーズなところが嫌だって感じたら、時間にルーズな自分は嫌だったり。
時間にルーズな自分はなぜ嫌なのか?
感覚をスルーしないで、それをちゃんとキャッチして、深い思考に入っていくと、見えてくることって、色々とあるんです。
さて、その作業をしていこうと思います。
ちなみに、カウンセリングやコーチング、質問力のある質問って、そういう深い思考へ入って、見えなかった答えを見つけていく支援のアプローチも、よくしていきます。そして、それを自分でやるのが、セルフコーチング。どっちも、完璧じゃないんだから、両方あると、ちょうどいい塩梅。
そうやっていく内に、自分の受け止め方も成長し、自分の周りに集まってくる人達も変化し、自分の周りに嫌いな人がいなくなって、大好きな人がどんどん増えていく。だから、嫌いな人や、苦手な人がいるっていうのは、自分の心が磨かれるための鏡であり、自分に大切なことを教えてくれる教師なんだよね。
そんなきっかけのメールをくれた大好きな友達と、そのことに関わってくれていた色んな人やものごとに、やっぱり感謝です。
そして、苦手だと感じる人にも、感謝です。
っていうと、嫌いな人はいなんだよね。
さて、これを言葉遊びと感じるか、
真理かもと感じるか。
いつもありがとう。寺田直樹です。
朝、家を出て、仕事に向かう時、小高い丘を降りて行く。
その景色は、なんとなく好きで、空に向かって開けている感じだから。
今日の空は、空の青がとても濃かった。
雲の白とのコントラストがとても綺麗。
少し向きを変えると、雲が多く青空が隠れている場所がある。
青と白のコントラストはない。
でも、こういう日常や空があるから、空の青が綺麗に見えるんだよね。
虹も、毎日出ていたら、それが当たり前になって、
感動がなくなってしまうかもしれない。
でも、それって、毎日のあたり前の日常の中にある幸せが
感じにくくなってしまうのと一緒で。
ちゃんとキャッチすれば、感じられるけれど。
でも、感じにくくなってしまう。
だから、普段の虹のない空があるから、虹の嬉しさを感じるし、
虹が出る前の雨空が、その虹を生む。
以前の皆既日食もそうだし、夜に月明かりや星空が輝くのも、
光が輝くのは、闇があるから。
青くない空と、空の青は、ひとつなんだなって思える。
いつもありがとう。寺田直樹です。
幸せになるのに、何にどうやって寄り添うのか。
なんか、奥深いテーマですね^^
僕が、今、感じていることを書いてみたいと思います。
"将来のビジョンに寄り添う"
夢、目標、なりたい自分、叶えたい願望。
これらの将来のビジョンに、想いを馳せ、心を寄せること。
それは、とても大切なことだと思っています。
心から溢れる想い。その想いを見つめ、深く掘り下げていく。そうすることで、その想いや夢は、より具体的になり、リアルなイメージとなっていく。それは、映像的にも明確になり、その匂いまでも明確になるくらい、そして、その夢が実現した時の感情までリアルに感じられるくらい、イメージを鮮明にしていく。
そして、意識や心を、そこに持っていくと、それは実現し始める。必要なものを引き寄せ、エネルギーに溢れて、一歩一歩を力強く進んでいくことができる。
それは、僕自身が、そうやって進んできたことだから、
体感を通じて、ものすごく実感している。
"今の幸せに寄り添う"
幸せな未来を、誰もが願うのではないでしょうか。
幸せな未来というのは、その未来の時点で、
その人が「今を幸せ」と感じていること。
今日が幸せなら、その幸せが明日も同じようにあって欲しいと思うだろう。
それは、明後日もそうであって欲しいし、1年後も、10年後も、そうだろう。
10年後の未来の幸せを願うなら、その始まりが、今の幸せであることに気づこう。その積み重ねが、未来の幸せに繋がっている。
未来の幸せは、今ここにあるのだ。
これを理解することは、とても大切なことだと思っています。
それは、僕自身が魂のレベルで気づかせてもらって、
心に刻み込まれた、当たり前のように存在するものになったから。
夢や将来のビジョンにだけ寄り添っていることには、時にそれは人を盲目にする。
「未来の自分が幸せだ」「夢を叶えたら幸せになれる」こういう感情は、エネルギーを生み出す。夢を実現していく一歩の大きなエネルギーになる。それくらい、その言葉や感情には、パワーがある。
「未来の自分が幸せ」ということは、「今の自分が幸せではない」というエネルギーにもなる。「夢を叶えたら幸せになる」。それは、「夢を叶えられていない、今はまだ幸せではない。」というエネルギーでもある。意識ではそんなことを思っていなくても、無意識のレベルで、エネルギーとして、滞在する。
もう一度、言おう。
未来の幸せは、今ここにあるのだ。
今が幸せでないのならば、明日もそうでありたいと思うだろうか。今の幸せの積み重ねが、未来の幸せに繋がっているのであれば、今が幸せである必要がある。でも、無意識のレベルで、今が幸せではないと言っている。
今だけに寄り添っていることは、どうだろうか?
望む未来を明確にすることで、意識をそこに持って行くことができる。だからこそ、必要な機会を引き寄せることができるし、何を引き寄せる必要があるのかのアンテナが立つことになる。だからこそ、望む幸せに近づける。望む自分になっていける。その成長が、さらに望むものを引き寄せる。
心の成長、魂の成長も、必要なこと。それが、心のあり方を育てる。心や魂を成長させるには、頑張ることも時には必要だ。心が頑張った分だけ、自分が磨かれる。そして、その成長が、幸せな自分を育ててくれる。明確な望む姿、望む幸せに、意識を向け、その感覚を手に入れる必要がある。
今に寄り添い、今の心に寄り添うと同時に、望む幸せをリアルに感情として感じられる感覚を、今この瞬間に持ってくる。すると、今の幸せが、求めている幸せと繋がり出す。そのための一歩。何十歩じゃなくていい。その未来への小さな一歩が、それを生み出す。そう、意識を向けて、歩み出すことで、引き寄せが始まる。
将来の幸せなビジョンに寄り添う、と同時に、今ありのままの幸せに寄り添う。
未来に寄り添うこと。
今に寄り添うこと。
この2つが矛盾なく寄り添うことは、不可能なのか。
僕は、そうは思わない。
未来は今ここにあって、今は未来でもある。
そして過去もまた今ここにあって、今は過去でもある。
過去と未来と今は、次元を超えて、繋がっている。
それを感覚でわかるようになるには、訓練も必要。
魂が磨かれるような成長も必要。
僕も、今、ようやくその扉を叩いている気がしています。
心を縛らずに、自由な心で、羽を広げて、
宇宙にも羽ばたいて、心の奥底にもダイブしたい。
本当の自由を手に入れた時、それはすでに可能になっている。
その時、引き寄せることと、ありのまま導かれることは、寄り添っている。
いつもありがとう。寺田直樹です。
とってもシンプルな幸せです。
好きな時に、
好きな人と、
好きなことをする。
今日、
大好きな友達と、
美味しいご飯を食べながら話しをした。
こうやって、話しをじっくりするのは、初めて。
でも、初めてではないような感覚。
やっぱり、思っていた通り、大好きな友達。
心や自分との向き合い方、
人の心への寄り添い方、
大好きなその人らしさ。
そんな魅力的な部分も、
その裏側にある部分も、
両方感じて、自分も両方話せて。
仕事で、
好きなお友達と、
想いに寄り添う仕事をする。
昼間も、以前から仲がよい大好きなクライアントさんと、
寄り添う仕事をすることができた気がする。
やっぱり、それって幸せだと思う。
お客様と弊社である前に、人と人。想いと想い。
夜も日付が変わる頃、帰宅する電車の中いるタイミングで、
関西にいる大好きな友達からメールがきて、
ホームパーティにいきたい!?みたいな話しになった。
それが実現したら、それはすっごい嬉しい。
わくわくする。
家に帰って、このブログを書く前に、自分と向き合いながら、
大好きな友達たちと、
メールをした。
自分の魂が上昇している感覚。
そんなことって、今、とても幸せだと思う。
いつもありがとう。寺田直樹です。
仕事でも、プライベートでも、ウェブサイトを制作するということをやっている。その道を何年も歩んできたから、その道には、他の人にはできなくて、自分だからできることがある。
ウェブサイトを立ち上げる時、当然、そこには達成したいことがある。得たい結果がある。夢や目標があるといってもいい。プロとして、達成したい結果に寄り添い、仕事をする。
そして、そこには、ウェブサイトを立ち上げる人の今の想いがある。想いそのものに、寄り添いたい。それは、利益というだけではなく、想いが育ち磨かれ、感動が生まれ、想いを抱いて進むプロセス自体が、輝き出す。想いやその人が輝きだすんだと思う。大きく言えば、人生が輝くと思う。
何かを成し遂げようと立ち上がった時、その成し遂げたい結果に向けて進んでいく。そのプロセスの中にこそ、人生の幸せがあり、だとしたら、その一歩一歩を歩んでいる、今が幸せなものでありたい。
だからこそ、想いに寄り添う、ウェブサイトへの支援をしていきたいと思うんです。
いつもありがとう。寺田直樹です。
先日、我が家で、第一回のホームパーティを開催しました。地球探検隊 の旅の仲間3人で集まって、まったりしただけなんだけど。
こんなことしたいなと思っていたことが、必然的に出来た感じ。たまたま、当日の2日前に、そのメンバーの予定が空いていたので、花火大会に行くか、家でまったりするかってことになって、我が家で過ごすことになりました。
好きな飲みたいものをそれぞれ買って、食べたいものがあれば適当に買って、後は、家で、適当に野菜の一品料理をいくつか作って食べてもらって、まったり。地球探検隊の旅のDVDを見たり、とりとめのない話しをしたり、そんなまったりとした空間が、それが楽しかった。あっ、簡単なミニ三線教室もやりました。チューリップの歌なら、意外と弾けちゃう!?
最後、近所の公園で花火をやって遊んで、いい夏のひとときって感じ。地面に置いて楽しむ花火を、手に持ってやんちゃもしたけど、基本的には、地面に置いてやりましょう(笑)

いつもありがとう。寺田直樹です。
ゴミ拾いに参加してきました。
朝、7時50分。横浜のみなとみらいにある臨港パークに集合。200人はいたんじゃないだろうか。思っていた以上に、大きな規模のゴミ拾いだった。そのゴミ拾いイベントの中に、協力団体として、「I LOVE YOKOHAMA」が参加していた。
この「I LOVE YOKOHAMA」は、去年の年末くらいに、mixiのコミュニティで見つけて、クリスマスの日に、サンタの格好をして、ゴミ拾いをするというイベントを見つけて、一度、参加してみたいなぁと思っていた団体なのです。
クリスマスのゴミ拾いイベントも、その後のゴミ拾いのイベントも参加できなかったのですが、今回、タイミングがあって、参加することができました。
雨が降ったり、止んだりする中、無事にゴミ拾いを終えました。花火大会の翌日だっただけあって、結構なゴミの量でした。
大学生とか、就職したばかりの若い子たちとかも参加しているし、こういう機会があったから、世代とか生活スタイルとかを超えて、色々と話せたし、ご縁があって、楽しい時間でした。学校の課題で参加している小学生もいれば、ご年配の方もいらっしゃるし、大道芸!?が得意な人もいるし、楽しかったです。
すれ違いざまに、ご苦労様とか、ありがとうと、声を掛けてくださる方もいらっしゃって、そういうことも、嬉しいですね。僕も、すれ違う立場だったら、そうでありたいなぁ。

午後からは、大好きなイラストレーターさんと、お茶。海外に行ってきたということで、楽しい話しをたくさん聴かせてもらったし、色んな話しをして、心に嬉しい時間だった。相変わらず、存在自体が、癒しで優しい。ただ、いてくれるだけで安心しちゃうような、大好きな友人のひとり。
そして、2人で、大好きな宇宙人アミの話しで盛り上がる。普段、宇宙について話しをすることってなかなかないけど、このお友達とは、普通にできちゃう宇宙の話し。「愛」は宇宙の基本法なんだよね。
いつもありがとう。寺田直樹です。
クリスタルボウルヒーリングを終えた後、地球探検隊の長良川の旅の仲間と会う予定になっていたので、そのまま待ち合わせの三軒茶屋に向かいました。
向かったのは、三軒茶屋のラヂオ焼き。このお店、とっても大好きなんですよね。そこのお姉さんは、心の人、愛の人です。引き寄せの達人!?
今日も、美味しいラヂオ焼きを食べながら、色々とお話をしたり、聞かせてもらったりしました。やっぱり、心の人、愛の人でした。
大切なもの。とっても、とっても、大切なもの。それは、やっぱり僕にもあって。それは、宝物じゃなくて、ご褒美。
宝物だと、手に入れようと必死になっちゃうし、手に入れたら必死に守りたくなってしまう。でも、ご褒美だったら、ありのままに積み重ねてきた毎日のご褒美としてポンって現れるものだから、必死になって手に入れようと、自然体じゃいられなくなるようなことじゃなくて、手に入れた後も、ご褒美だから守る必要がないんだよね。むしろ、その喜びやご褒美を、オープンで、みんなと分かち合えて。
ちょっとしたこんな言葉に、あー、そうだよな、宝物のように扱っていた自分がいるんだなとか、大切な気づきがあって、やっぱり行ってよかった、ラヂオ焼き。
この大切な気づきも、宝物じゃなくて、ご褒美だな。だから、大切にしまうんじゃなくて、惜しげなく、共有していこう。
ね、愛の人でしょ。
いつもありがとう。寺田直樹です。
クリスタルボウルヒーリングを初体験してきました。
前半のセッションでは、第6チャクラについての講話のような時間でした。第6チャクラというのは、眉間の部分にあって、第3の目とも言われているようです。
この時のお話は、今まで、見えていなかった、今の自分の目の前に出てきたテーマに対して、ど真ん中の内容でした。そのためか、ずっと胸がドキドキしたり、キューっとなったりして、そして、喉のあたりにも、その感じが広がりました。あと、お腹の下の腸のあたり。
腸に関しては、ここ一週間くらい、ちょっと不調な感じがずっと続いていて、それに関しては、やっぱり、こういうことなのかなーという感覚があって。
このお話に沿っていうと、第2チャクラ(丹田)、第4チャクラ(ハート)、第5チャクラ(喉)。ただ、なぜそこが反応するのか、その意味までは深く感じることは出来ていないですが、でも、なんとなくのぼんやりした感覚はあるので、それに寄り添って、見つめたいなと思いました。
それにしても、第6チャクラのお話は、今まで進んできた自分に当てはまって感じることがすごくあったことを感じました。そして、そんな自分自身で進みたい一歩への気づきに、とてもしっくり来るものだったんです。
今まで見えていなかったものが、見えるようになっていって、感じられなかったものが、感じられるように、これからなっていくんだと思っていて、自分の夢とか意識とかよりも、もっと広い部分で大切なものと繋がって、考え方とか知識とか、体験、判断だけじゃなくて、それを超えた部分で生きていけるようになれそうな気がして、そうしたら今まで頑張ってきた自分も喜んでくれそうな気がしています。
他にも、感じることはたくさんあったんだけれども、今、書きたかったことは、このことかな。
後半は、実際にクリスタルボウルヒーリングで、その音を寝ながら聴くのですが、身体に、振動というか波動というか、そういう表現はまだ上手く言えないけれども、そういう感覚で、身体に染み込んでくるような感じでした。お話の時は、第2チャクラ(丹田)、第4チャクラ(ハート)、第5チャクラ(喉)の辺りに、色んな感覚が起きたけれども、クリスタルボウルヒーリングでは、とにかく、第6チャクラというか、顔の上の方全体が、何か反応しているような感じでした。終わった後は、しばらく、本当にボーとした感覚だったな。